米国による36%の相互関税=輸出と経済成長に深刻な影響
米国政府が相互関税制度の導入を発表し、8月1日より施行するとしたことで、タイの物品輸出は大幅減が避けられない見通しとなっている。タイは4月2日に発表された従来通りの輸入関税率36%が引き続き適用されることとなり、タイからの輸出品はベトナム、マレーシア、インドネシア、日本や韓国といった国々に比べて高い関税を課される。これにより、タイよりも低い関税率を適用される域内の他国に市場を奪われるリスクは高まる。また、米国の1962年通商拡大法232条に基づく産業別の追加関税の影響も注視する必要がある。
36%の関税率は、引き続き交渉の余地があるとされる。トランプ大統領は、各国が自国市場を開放するならば、関税を見直す可能性があるとしている。増減いずれもあり得るが、それはその国との関係次第だと述べており、今後のタイ米国交渉の進展によっては、関税率が引き下げられる可能性もある。ただし米国製品への市場開放やその他の非関税的な合意を求められるため、この部分でもタイ経済への影響を見積もる必要が出てくる。
関税交渉のタイ代表団を統括するピチャイ・チュンハワチラ副首相兼財務相は、8月1日の発効前に交渉を妥結できると語っている。また、交渉が期待通りに進まない場合に備えて、政府はすでに複数の対応策を準備しているとした。
今回、米国が示した関税は複数のカテゴリーに分類されている。交渉が未実施の国、もしくは4月発表の関税率が適切と見なされた国は、税率が維持される。40%を超える関税が課されている国は、上限が40%に引き下げられる。韓国や日本のように、すでに提案書を提出している国は、税率の見直しが行なわれる。ピチャイ氏は、タイが提出したデータや提案の中身は、米国の当局によってすでに審査されていると述べ、今回の関税率の通知は手続き上のもので、今後の交渉を妨げるものではないと強調した。
タイは新たな提案を7月6日に提出済み。ピチャイ氏は、36%の関税率はすべての品目に一律で適用されるわけではないとの見解を示し、タイは36%からの税率引き下げを直接的に要求しているわけではなく、むしろ協力枠組みの構築を重視して交渉を進めていると説明した。米国が最終的にタイの提案を受け入れるのか、それとも36%の関税を課すのかは、現時点では不明としつつ、今回提出した案は「合理的かつ透明性がある」と主張している。
一方、タイがBRICSグループに準加盟国として関与していることが、米国との関係に悪影響を与えるのではないかという懸念については、「タイはあらゆるグループと協調きるようにしなければならない」として否定的な見方を示した。トランプ大統領は、BRICSに加盟しようとする国に追加関税を課す構想を明らかにしている。
36%という関税率は、年後半の輸出に大きな下押し圧力を与える見通しで、輸出は大幅減が予想される。一方で、輸入も鈍化する可能性がある。タイが課される36%の関税率は多くの競合国を上回る水準で、カシコンリサーチセンター(Kリサーチ)は、変圧器、プリンタ、エアコン、加工魚介類(魚やエビなど)の分野で、米国市場におけるシェアを失う懸念があると指摘している。
加えて、タイを経由して米国に再輸出されていた製品においても、現地調達比率が低いものは輸出が鈍化する見通し。特に中国からの機械類の輸入とそれに伴う米国向け輸出が増加しているなか、タイを中継地点とする輸入も今後は減少すると予想される。
このほか、通貨高が地域の多くの国を上回るペースで進行していることも、タイの輸出に対する逆風を強めている。2025年初めに1ドル=約34.50バーツだった対ドルレートは、7月7日時点で32.50バーツを下回る水準まで上昇し、年初来で約5%のバーツ高となっている。こうした為替の動きは、タイ製品の価格競争力にさらなる下押し圧力を加えている。
米国の通商拡大法は、米国が国家安全保障を維持するため、輸入が安全保障に悪影響を及ぼすと判断された場合、商務省の調査に基づき、大統領が輸入制限を課すことができる法律で、同法232条に基づく業種別の輸入関税措置も依然としてタイの輸出の重要なリスク要因となっている。現在、米国は国家安全保障上の脅威に該当する可能性がある製品について調査を進めており、対象には半導体、銅、医薬品、木材製品などが含まれる。調査は2025年末から2026年初めにかけて完了する見通しで、さらに関税が追加で課されれば、2026年のタイの輸出全体に一層の圧力がかかる。というのもこれらの品目はタイの輸出に占める割合が比較的大きいからで、影響は無視できない。
Kリサーチは、タイが他国よりも高い関税に直面し続ける場合、輸出の大幅減を招き、外国からの投資も鈍化し、それに伴い民間投資もさらに収縮するおそれがあると分析している。このほかにも年後半のタイ経済には複数の下振れリスクが控えている。外国人観光客数は当初の想定を下回りそうで、また、国内の政治の不安定も市場の信頼や政府予算の執行に影響を及ぼすおそれがある。
これらの内外の要因に加え、今後の米国との関税交渉、さらには米中間で定められた90日間の協議期間終了後の動向次第では、今年の経済成長率が1.4%を下回る可能性もあるとしている。
36%の関税が発効する8月1日を目前に控え、タイ側は米国と新たな貿易交渉に向けた努力を続けている。また、米中間の関税措置に関する90日間の猶予期間が終了する8月12日までには、両国の協議も予定されている。
FTI、官民一体での交渉を
タイ工業連盟(FTI)は、8日に声明を出し、官民が一体となって交渉に臨み、関税率の引き下げを目指すよう提言した。
米国が発表した今回の措置は、ベトナム(20%)、インドネシア(32%)、マレーシア(25%)と比較しても著しく高く、タイの工業製品の競争力の低下を招くとの懸念が広がっている。クリアンクライ・ティアンヌクン会長は、「米国の決定は、食品加工、農産品、自動車・同部品、電化製品、電子機器、繊維、宝飾品、鉄鋼・アルミニウムといった、米国が主要輸出先である産業に大きな打撃を与える」と指摘。輸出への影響は8000億~9000億バーツ規模に達する可能性があるとしている。同会長は、「米国からの正式な返答はまだないが、新たな提案の再検討を受け入れてもらえれば、好転の可能性がある」との見方を示した。タイ側は、内容を修正した第2案を米側に送付しており、新提案では米国製品の関税率をゼロとする品目が数千点規模に増えている。
FTIは、こうした不透明な状況を踏まえ、傘下の47業種11クラスターと緊急の内部会合を開く方針で、業種別の影響評価と対応策の策定を急ぐ。その後、商業、工業、銀行の経済3団体合同常任委員会(JSCCIB)が、関係する政府機関と連携し、必要な政策対応を協議するとしている。
デジタル経済は6.2%成長へ=経済成長の牽引役に
プラサート・チャンタラルアンチーン副首相兼デジタル経済社会相[=写真]は7月2日、デジタル経済社会委員会事務局によるデジタル経済予測を明らかにした。それによると、2025年のデジタル経済のGDPは前年比6.2%成長が見込まれる。これはGDP全体の成長率(国家経済社会開発評議会による予測は1.8%)の3.4倍に相当する。米国による関税措置の影響を受けるなかでも、タイ経済におけるデジタル部門の成長が顕著なことを示していると述べた。

プラサート大臣は、世界経済と貿易は、米国による輸入関税の引き上げによる影響を受けており、国際通貨基金(IMF)が世界経済の成長見通しを2.8%に下方修正したこと、国家経済社会開発評議会(NESDC)がタイ経済の成長率予測を1.8%に下方修正したことを示し、このような状況のなか、デジタル経済は、タイ経済の成長を牽引する重要な役割を果たしていると述べた。特に輸出分野においては、過去5か月間のデジタル製品の輸出額は約8600億バーツに達し、前年比35%増を記録しており、国全体の輸出の伸び率を大きく上回っている。政府とデジタル経済社会省がデジタル産業を推進し、国の経済の拡大に尽力してきた証しだと述べた。
国家デジタル経済社会委員会事務局のウェータン・フアンサップ事務局長は、2025年のデジタル経済の見通しについて、予測に基づく前提条件、支援要因、制約要因とリスクを整理して次のように要約した。
支援要因として、デジタル製品の輸出は、米国の関税政策の影響を回避するため大幅に拡大している。また、「クラウド・ファースト政策」や電子政府の加速も成長を後押ししている。さらに、データセンター、プリント基板(PCB)、半導体産業への投資、タイ国民と外国人観光客によるデジタル決済やオンラインサービス利用も増えている。
一方で、米国の関税政策の不透明、政治の混乱、国際貿易の不確実性、地政学的対立や中東における戦争の激化、デジタル分野の投資誘致における地域間競争、さらには海外からのデジタル製品の流入による競争激化などがデジタル経済の成長に対する制約とリスクとなっている。
広義のデジタル経済の価値は、2025年に4兆6900億バーツに達すると見込まれており、2024年から6.2%の成長が予測されている。デジタル経済における各分野の成長動向をみると、すべての分野が国全体のGDP成長率を上回っていることが確認される。そのなかでも、デジタルコンテンツ産業が最も高い成長率(9.9%)を記録しており、ソフトウェア産業の成長率が最も低く(4.5%)なっている。
1.ハードウェア産業は、コンピュータ本体を構成する製品、機器および/または各種部品の製造・販売に関わる産業(ソフトウェアを除く)を指す。2025年には、実質価格ベースで5.5%成長が見込まれるが、以前の予測である6.6%を下回る。経済の減速、輸出の鈍化、国内におけるデジタル製品の生産の鈍化傾向を考慮した。
2.デジタルサービス産業は、あらゆる種類のデジタルサービスの提供、電子チャネルを通じた販売に関わる産業を指す。この産業は、創造的なデザインの提供、コンサルティングサービス、テクノロジーを基盤としたオンライン形態のサービスによって価値を創出することに重点を置く。主に①コンサルティング/デザインサービス、②オンラインサービス、③修理および保守サービスの3つに分類される。事業形態はサービスの提供で、利用量やサブスクリプションで料金が徴収される形となっている。
2025年には、実質価格ベースで5.7%の成長が見込まれているが、以前の予測である6.7%からは低下する。国内経済と消費の減速傾向を考慮した。
3. 通信産業は、主に通信機能を有する機器や製品、放送製品の製造・販売、通信、放送に関連する各種サービスを含む産業を指す。①通信およびネットワーク機器、②通信・放送サービスの大きく2つのグループに分けられる。2025年には、8.1%成長が見込まれているが、以前の予測である9.5%からは低下する。国内経済と消費の減速傾向が理由だ。
4.スマートデバイス産業は、電化製品、自動車、家庭用機器など、あらゆる機器に組み込まれる電子部品の開発・製造・販売に関わる産業を指す。特に、複雑な電子部品で、センサー(カメラ、マイクロフォン、GPSなど)を通じて状況を認識し、自動的に処理を行なう機能を持つ電子機器としての動作を主とするものに焦点を当てている。
2025年には、5.6%成長が見込まれ、以前の予測である6.3%からは低下する。国内経済と輸出の減速傾向に沿って下方修正した。
5.ソフトウェア産業は、ソフトウェア、コンピュータプログラム、コマンドセット、制御システム、特定用途に対する応答システムの開発、製造、販売やサービス提供に関わる産業を指す。利用量に基づく課金やレンタルは含まない。2025年には、4.5%成長が見込まれ、以前の予測である5.2%からは低下する。国内経済の減速傾向を考慮した。
6.デジタルコンテンツ産業は、複数の業種に関わるデジタルコンテンツの制作や販売・配信に関わる産業を指す。①オンライン動画メディア、②アニメーションメディア、③電子学習メディア、④ゲーム、⑤デジタル音声メディア、⑥画像およびアートメディア、⑦テキスト/電子書籍メディア、⑧イマーシブ・コンテンツ(AR/VRなど)の8つのグループに分類される。
2025年には、9.9%成長が見込まれるが、以前の予測である12.7%からは低下する。経済と消費の減速傾向が理由だ。
7.その他のデジタル産業は、狭義および広義のいずれにおいてもデジタル経済に関連するが、既存の分類に含まれない産業を指す。たとえば観光業などが該当する。2025年には、5.8%成長が見込まれ、以前の予測である6.7%からは低下する。経済および観光の減速傾向が響く。
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