「ヤードム」を世界に

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ゴールド・ミント・プロダクツ社

 タイ人、特に女性がバッグの中に常に携行している口紅大の小さなプラスチック製のスティックがある。時々取り出しては鼻先に当てて先端から何かを吸い込む仕草をしている。街角で誰かが体調不良を訴えた時、通り掛かった人が自分のバッグからこれを取り出して吸い込ませる。タイ語で「ヤー・ドム(嗅ぎ薬)」という薬草混合の鼻孔吸入薬で、これを吸い込むと冷涼な空気が鼻を突き抜ける感覚があり、気付け効果があるように感じられる。タイ人は臭いには敏感で、悪臭がするとすぐにヤードムを取り出す。近年は外国人観光客にも知られるようになってきており、お土産に買う人も増えた。

 リサーチ会社ニールセンによれば、タイ人の10%がヤードムを使用し、平均すると1か月に2スティックを消費しているという。街角で見かける風景と比べると10%という普及率は低過ぎる感がないわけでもないが、外国人の認知度上昇もあり、売上高は年率10~20%で伸びるとの予測もある。
 創業88年になるゴールド・ミント・プロダクツ社は、ヤードム販売で市場シェア50~60%を誇る最大手。創業家のラープブンサップ家は海南島出身で、1936年にバンコクで薬草販売店を立ち上げたのが始まり。今では同社の「ポイシアン(花麒麟)」ブランドのヤードムは、タイ人だけでなく、世界12か国で販売されるに至っている。
 同社のナッタポン・ラープブンサップ取締役は、外国人観光客が買い求めるようになったことが、近年のヤードム需要の高まりの最大の要因と指摘している。売上が伸びたのは自社だけでなく、小規模に生産している地方の販売業者や地域の生産販売組合の製品も売れ行きが伸びているという。

ナッタポン・ラープブンサップ取締役


 同社の業績も右肩上がり。21年に総収入7億5100万バーツ、純利益2億5400万バーツだったのが、22年には総収入9億6700万バーツ、純利益3億7800万バーツ、23年には総収入10億8700万バーツ、純利益5億900万バーツを記録、売上高はコロナ前の10億1500万バーツを超えた。
 同取締役は「売上より品質と顧客の信頼が大事」だという。今年は生産能力の拡張に動いているが、同時に品質水準を維持するため技術導入には神経を使っている。「生産量が増えたら匂いが変わったなどと言われないようにしないといけない」という。原料と製品の検品を頻繁に実施し、品質に問題がないかチェックしている。
 「88年間成長できたのは社会のおかげ。恩返しをしないといけない」と、常に最高品質のものを顧客に届けることを心掛けている。今年は生産ラインに新技術を採用するだけでなく、オンラインの販路も拡充し、売上増を見込む。
 海外市場は現在、アジア、欧州、南北アメリカなど世界12か国に広がり、売上も着実に伸びている。ラオス、ミャンマー、日本はその中でも伸びが著しいという。ナッタポン氏は「ヤードムはタイ特有の商品で、他国では作れない。原料となる薬草はタイでしか育てられないからだ。政府は輸出市場拡大に向け、適切な振興措置を考えてもいい」と指摘している。
 世界で薬草を使った製品を市場に出しているのは中国、韓国、タイ、インド、スリランカなどアジア諸国が中心。熱帯特有の薬草を取り扱えるのはタイとスリランカしかない。政府がこの点を認識して商品価値を世界市場に認識させるような振興措置を講じれば、ヤードムの世界への進出機会はもっと広がると見ている。

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