2025年2月20日(木)号

米国が鉄鋼の関税引き上げ=中国の過剰生産が国内市場を圧迫

 トランプ政権による鉄鋼・アルミ製品の輸入関税25%引き上げを受け、アジアの鉄鋼業界は代替市場の開拓を急いでいる。中国の低価格製品がタイを含むアジア市場に流入する懸念が高まっている。タイ工業連盟(FTI)の推計によると、中国の鉄鋼業界の過剰生産能力は年間2億㌧に及ぶ。タイの鉄鋼業界は以前から中国製の安価な鉄鋼製品の流入に苦しんできたが、関税引き上げの影響で状況はさらに悪化する見通しだ。
 関税の引き上げは米国経済にも影響を及ぼす。ブルームバーグは、風力発電所や油田掘削など、国内調達が難しい特殊鋼を必要とする業界にとって大きな打撃になると予測している。アルミ製品の輸入依存度は高く、特にカナダ、UAE、メキシコからの輸入が大半を占める。2023年の純輸入量は前年比80%増加した。なお、タイの対米アルミ製品輸出量は世界11位で、7万6000㌧に上る。一方、鉄鋼の輸入量は国内消費量よりも少ないが、航空・宇宙、自動車、エネルギー業界で使用される特殊鋼に関しては輸入依存度が高い。関税の引き上げは先物市場や証券市場にも影響を及ぼしており、原料鉄のシンガポール市場での価格が上昇した一方、世界第2位の鉄鋼メーカー、アルセロール・ミタル社の株価は下落している。
 韓国はアジア有数の対米鉄鋼輸出国だが、第1次トランプ政権の発足で輸出量が減少した経緯があり、現在も輸出量は当時の7割程度にしか回復していない。第2次政権の発足で、韓国は代替市場探しに躍起になっている。中国も主要な鉄鋼輸出国であり、今回の関税引き上げの最大のターゲットと見なされている。しかし、トランプ大統領がすでに中国製品の輸入関税を一律10%引き上げているため、今回の追加関税が二重課税となるかどうかは不透明だ。中国政府も2月10日から対抗措置を発動し、総額140億㌦に達する米国からの輸入品に関税障壁が設けられた。予想された米中貿易戦争の火蓋が早くも切られた形。
 FTI鉄鋼部会のバントゥーン・ジュイジャルーン部会長によれば、中国製の安価な鉄鋼は第1次トランプ政権の頃からアセアン市場に大量に流入していた。中国の生産能力は年間11億㌧、中国を除く世界の総生産力の半分以上に達している。国内需要は9億㌧で、年間2億㌧の余剰生産能力がある。昨年の中国の鉄鋼輸出量は過去最高水準の1億1000万㌧に達した。国内需要が鈍化する中、生産規模を維持した結果で、低価格の鉄鋼が世界市場に流れた。
 中国の鉄鋼資本は現在までにタイに6か所の棒鋼工場を稼働させており、生産能力は年間370万㌧となっている。タイの鉄鋼業界40社の棒鋼の生産能力は680万㌧で、中国系6社だけでその半分以上に達している。これ以外の製品を含めると国内の生産能力は昨年実績で年間3370万㌧。内訳は棒鋼、線材などの条鋼が1650万㌧、鋼板が1720万㌧。
 2024年のタイの鉄鋼製品の国内需要は1630万㌧だった。そのうち国産品は630万㌧で、140万㌧が輸出され、490万㌧が国内市場向けに出荷された。一方、輸入量は1140万㌧に達し、そのうち約44%(500万㌧)が中国からの輸入だった。昨年予定されていた中国資本の熱延鋼板工場の稼働開始が事故で今年にずれ込んだことで、今年の国内の熱延鋼板の生産能力は年間790万㌧から1350万㌧に拡大する見通し。この結果、全製品の国内生産能力は4000万㌧に達する。
 FTI鉄鋼部会と鉄鋼関連の10団体は昨年11月時点で、エカナット・プロムパン工業相に対し、以下の対策措置の導入を求めている。
 (1)熱延鋼板、鉄筋コンクリート用棒鋼など国内需要を上回る生産能力を有する品目の工場新設や設備増強の禁止措置。
 (2)グリーン・インダストリー認証を取得している国内工場で生産された鉄鋼製品を公共事業で優先的に使用する。これにより鉄鋼業界の低炭素化、ネットゼロにつなげる。
 (3)建設用鉄鋼製品の工業製品規格の策定を急ぐ。
 (4)鉄鋼製品原料としてのスクラップ鉄を確保する措置の導入。
 (5)廃車の部品再利用拡大に向けた自動車スクラップ産業振興政策の実施。
 (6)国産認証を取得した鉄鋼製品の優先的使用奨励措置を公共事業だけでなく、官民提携(PPP)事業や投資委員会(BOI)認可事業にも適用する。
 (7)アンチダンピング措置だけでなく、回避措置(AC)、補助金相殺関税措置(CVD)、セーフガード措置の導入を検討する。中国から安価な鉄鋼製品が月間42万㌧流入しており、適切な対抗措置が必要になっている。
 一方、タイ荷主評議会(TNSC)のチャイチャーン・ジャルンスック会長によれば、タイの鉄鋼製品の対米輸出量は年間20万㌧で、米国への依存度は低く、インド、中国、マレーシア、韓国などへの輸出量の方が多い。今回の関税引き上げがもたらす鉄鋼業界への直接的な影響は多くないが、鉄鋼は幅広い産業のサプライチェーンの川上分野を構成しており、今回の措置がタイの製造業界にもたらす影響を軽視することはできないと指摘している。
 商業省の統計では過去5年間のタイの鉄鋼製品の対米輸出額は2020年が10億1500万㌦、21年が13億9700万㌦、22年が15億300万㌦、23年が14億9400万㌦、24年が12億500万㌦。一方、アルミ製品は20年が1億9000万㌦、21年が5億4700万㌦、22年が6億6700万㌦、23年が2億5100万㌦、24年が4億3700万㌦となっている。

トランプ政権の関税政策=タイも不可避の影響

 カシコン銀行系シンクタンクのカシコン・リサーチは、タイも米国のトランプ政権の関税政策の影響を受ける可能性が高いとみている。ブリン・アドゥンワタナ社長兼チーフエコノミスト[=写真]は2月6日、トランプ氏の再登板により、貿易政策や国際関係の方向性がより明確になってきたと述べ、特に『アメリカ・ファースト』政策に基づき、米国の利益を最優先する姿勢が一層鮮明になっていると指摘した。


 ブリン氏は、『トランプ政権2.0』では輸入関税を引き続き交渉の手段として活用し、米国の利益を最大化すると予測した。また、関税は米国の外交政策において政治・安全保障上の目的を達成するための交渉ツールとして用いられ、不法移民問題や薬物問題に関連する交渉のほか、パナマ運河、グリーンランド、カナダへの影響力拡大の動きがすでに見られると指摘した。
 第1次トランプ政権では、中国からの輸入品に対する関税引き上げが実施され、北米自由貿易協定(NAFTA)が改定され、新たに『米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)』が締結された。「この貿易戦争は、米国経済よりもむしろ貿易相手国に大きな打撃を与えた。
 第1次トランプ政権の貿易戦略の中心人物であったロバート・ライトハイザー通商代表(当時)は、「米国は中国を最優先の競争相手と見なすべきで、軍事、経済、安全保障のすべての面で対抗する必要がある」との立場を取った。特に、米国の対中貿易赤字が拡大し続けることは長期的に米国にとって不利益で、中国経済への依存を減らし、貿易赤字の縮小を目指すべきと主張した。
 第2次トランプ政権は、国内雇用の創出を重視し、特に製造業の再興に力を入れている。米国の同盟国でさえも、長年、米国との貿易を「不公平に利用」してきたと考えており、メキシコ、カナダ、欧州連合(EU)にも厳しい貿易政策を適用する姿勢を示す。
 ブリン氏は、タイもトランプ政権の関税政策の影響を受ける可能性が高いと指摘する。タイの対米貿易黒字は世界10位にランクインするほど大きく、米国の保護貿易政策の対象となるリスクがある。今後、タイは米国製品の輸入拡大を通じて、貿易黒字の縮小を図る戦略が求められる。
 また、貿易戦争の激化は、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ方針にも影響を及ぼす可能性がある。今年2回の利下げが予想されているが、貿易摩擦の深刻化によって追加の利下げが困難になる可能性がある。
 トランプ政権は、米国の経済的・軍事的な安全保障の強化を最優先課題とし、世界経済に大きな影響を及ぼすおそれがある。今後、米国は経済的優位性を最大限に活用し、貿易交渉を有利に進めるとみられる。その結果、国際経済の枠組みはさらに不安定になり、各国は柔軟かつ迅速な対応が求められると指摘した。

その他のニュース
[経済ニュース]
工業部門信頼感指数=前月比改善に転じる

ユニベンチャーの収益目標=今年度は176億バーツ

FTI=原子力技術研究所と技術協力

サイアム・ダイキン・セールス=今年の目標売上高は150億バーツ

災害医療に関する地域連携訓練=第6回RCDが開催される

HoReCa産業の展示会=3月5~7日にインパクトで

TMBタナチャート銀=ディズニー提携カードを発表

AI導入には課題山積=シスコの報告書が指摘

バンコク・ケーブル=米社とクリーン発電関連事業で提携

医療保険の医療費一部負担制=適用されるケースは5%程度

センシリ=昨年は2%の増収

デュシット・インター=セブ島に「アーサイ・ホテル」

「新車市場は5%増以下」=ボルボ・タイランド予測

香港経済貿易代表部主催セミナー=ピチャイ商業相が講演

[社会ニュース]
タイ警察が国際機関と連携=コールセンター詐欺被害者を救出へ

看護師が暴行被害=男を傷害容疑で逮捕

タウィー法務大臣=日本政府の祝賀会に出席

ウィークエンド市場=529業者に立ち退き要求

[インタビュー]
タパニー・キアッティパイブーン=タイ観光公団(TAT)総裁

[BOI認可事業]
1月6日認可53事業

あわせて読みたい
無料トライアル 【無料トライアルのご案内】 タイ経済パブリッシングは毎日(土日祝を除く)、A4サイズのPDF版ニュースレターを定期購読者様にメール配信しております。 購読料金...
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次