「クイックビッグウィン」=中小企業支援で2700億バーツ与信枠
アヌティン政府は12月2日、南部で発生した大規模水害への対応と、国内の中小企業への支援を目的とする「クイックビッグウィン」の施策を閣議承認した。7つの政府系金融機関を通じた融資・信用保証の総枠は2670億バーツにのぼり、短期刺激と長期的効果の両立を狙う。アヌティン首相は今後、気候災害への体系的対応を重視する考えを示した。米気象テックと連携した高精度予測システム導入も進める。

エークニティ・ニティタンプラパート副首相兼財務相とチャイチャノック・チッチョーブ・デジタル経済社会相が閣議後に記者会見を行ない、支援策の概要を説明した。エークニティ副首相は、政府が掲げる「クイックビッグウィン」を「短期で刺激し、長期で効果を出し、恩恵を広く行き渡らせる」という方針のもとに進めると述べた。柱の一つは中小企業の資金繰りの改善で、事業の継続と雇用の維持、収入の創出、投資の活性化を通じて経済全体のサプライチェーンを下支えし、長期的な成長力につなげる。現在、中小企業の半数以上がフォーマルな制度金融にアクセスできず、融資も収縮する傾向にある。
こうした状況を踏まえ、政府は「クイックビッグウィン」を通じて中小企業の資金繰り、効率の向上、事業機会の創出に向けた新たなエコシステムの構築を進める方針。また11月中旬から続く南部の洪水が事業者や雇用に深刻な影響を与えていることから、被災地域の中小企業の事業の中断を回避するため、迅速な支援も進める。
政府は中小企業の資金繰りを下支えし、コストを削減するため、7つの政府系特殊金融機関(SFI)を通じた融資・信用保証プログラムを実施する。総枠は2670億バーツで、このうち融資枠が2170億バーツ、信用保証枠が500億バーツ。
◆SFIによる金融支援パッケージ
1.タイ信用保証公社(TCG)は、信用保証事業「SMEs Quick Big Win」を実施する。総額500億バーツの枠組みを設け、金融機関が中小企業(SME)向け融資を実行しやすくするための信用保証を提供する。保証料は最初の3年間無料とし、(1)SMEs Go Big(一般中小企業向け)、(2)SMEs Smart Win(マイクロSME向け)、(3)SMEs Quick LG(官公庁・国営企業・民間企業の建設・調達・請負業者向け)の3事業で構成する。保証申請の受付は2029年12月30日まで。また、中小企業向けポートフォリオ・ギャランティ・スキーム(PGS)第11期についても、当初の受付期限である2025年12月30日を2026年12月30日までに延長した。
2.政府貯蓄銀行(GSB)は、ソフトローン「GSB・タイ企業再生ローン」を総額1000億バーツで実施する。企業の金融コストを引き下げ、資金繰りを支えるとともに、競争力の強化と投資促進の役割を担う。GSBが参加金融機関に低利で貸出原資を供給し、そこから中小企業向けに融資が実行される。プログラムは4種類で構成される。(1)流動性支援(Mitigation)では、水害被災者も申請可能で、2026年9月30日まで受付る。(2)Reinvent Thailandでは、タイ銀行協会(TBA)、タイ商業会議所(TCC)、タイ工業連盟(FTI)と協力し、対象業種と融資基準は民間側が設定する。(3)企業競争力強化(Transformation)、(4)観光業強化の各事業は、2027年3月31日まで申請を受け付ける。
3.農業・農協銀行(BAAC)は、総額800億バーツの農業部門向け融資を実施する。農家や農業分野の中小事業者の資金アクセスを改善し、事業継続に必要な流動性を確保するとともに、事業の能力向上を後押しする。対象は2事業で、(1)サステナブルタイ融資(チュムチョンサーンタイ第3フェーズ)500億バーツ、(2)SMEタイ・チャイヨー融資300億バーツ。いずれも2028年7月31日まで申請可能。
4.タイ中小企業開発銀行(SME・Dバンク)は、「SMEパワーアップ融資」と「ビヨンドSMEスケールアップ融資」の各プログラムの基準を改定する。与信枠は200億バーツで、中小企業のうちマイクロSMEには1件当たり最大100万バーツ、一般SMEには1件当たり最大3000万バーツまで融通する。融資申請の受け付け期間を2026年12月30日までに延長した。
5.タイ輸出入銀行(EXIMバンク)は、輸出事業者向けに特別保険料率の輸出保険事業を実施する。また輸出支援のための運転資金向け「EXIMエクスパンド・シールド」融資を実施する。与信枠は合計120億バーツ。
6.タイ・イスラム銀行(iバンク)は、ムスリム事業者向けの資金支援事業を総額30億バーツで実施する。環境に配慮した事業モデルへの転換を図るSME事業者、ハラル製品の輸出業者、またはハラル関連サプライチェーンに属する事業者を資金支援する。
7.政府住宅銀行(GHB)は、不動産事業者支援事業を総額20億バーツで実施し、住宅の建設、購入、土地購入と建設、増築・改修・修繕のための支援を行なうほか、地方の住宅デベロッパーの建物やインフラ建設向け融資も支援する。
◆税制措置による競争力強化と機会拡大
政府は、公平な競争と生産性向上に向けた税制面での措置も重視する。
国税局は「兄が弟を助ける」プロジェクトを進めており、タイ証券取引所(SET)上場の大企業がサプライチェーン内の企業に対し、リソースや技術を提供して電子システムへの移行を後押しする仕組み。これにより税の還付が早まり、融資へのアクセスが容易になる。中小企業1500社が参加すると見込まれ、年間17億バーツ相当の税還付が早まると試算している。
また、法人税還付手続きのファストトラック化を進めており、約2万社、総額600億バーツの中小企業が2025年末までに迅速な税還付を受けられるようになる見通し。今後は、PromptBizをサプライチェーン・ファイナンスの融資制度と連携させる可能性も検討し、サプライチェーン内の中小企業が融資を受けやすくなる環境整備を進める方針だ。
関税局は、国内の中小企業を含む適正納税事業者の競争条件を整えるため、輸入関税が免除される最低価格基準(De Minimis Value)の撤廃を進める。これにより、海外からの低価格輸入品との競争がより公平になる。
さらに政府は、他の施策を通じても中小企業の機会拡大を図る。主計局は、政府調達の取引先を支援するため、PromptBizシステムを通じた資金供給措置を進めている。現在、財務省は電子調達システム(e-GP)と New GFMIS Thai の支出データを連携させる試験運用を行なっており、金融機関がこれらの情報をもとに事業者への融資判断に活用できるようにする。これに加え、受取債権を銀行や第三者へ譲渡できるようにすることで、中小企業や政府調達の取引先事業者がより容易に資金調達へアクセスし、流動性を確保しやすくなる。
また、政府調達での中小企業優遇措置として、タイ中小企業振興機構の認証を受けたSMEに対し、価格面で追加の5%の優遇点を付与する方針を示した。対象は、年間売上高が5億バーツ以下で、国税局のe-Tax Invoiceとe-Receipt システムで電子インボイスと電子レシートの発行を認められたSME。中小企業が政府調達市場へ参入し、競争する機会を広げる狙いがある。
商業省は、タイ独自のEコマース・プラットフォームの設立を検討しており、国内事業者が電子商取引(EC)を通じて商品・サービスをより効率的に提供できる仕組みづくりを進める。
エークニティ副首相兼財務相は会見で、政府と財務省が中小企業を経済の基盤と位置付け、支援を重視していると述べた。中小企業があらゆる面で回復し、事業を継続できるよう包括的に支えることを目指しているとし、南部で発生した水害による影響を受けた事業者への救済措置も迅速に講じるとした。被災者が速やかに生活と事業を通常に戻せるよう後押しする。
同副首相は、「クイックビッグウィン」措置の実施により、雇用の創出、所得の拡大、投資促進、経済価値の向上といった形で経済全体に利益が波及すると強調した。さらに、中小企業向けに新たなエコシステムを形成し、サプライチェーンを支えることで産業連関を強めることが、国内経済の成長を共同で推進する基盤になると述べた。短期的には中小企業の流動性補填と資金アクセスの拡大により2700億バーツの資金が注入され、中期的には2026年の経済成長率を0.36ポイント押し上げる効果が見込まれるとした。また、融資アクセスを広げることで10万7000社の中小企業を支援できるとしている。
シリポン・アンカサクンキアット政府報道官は、政府が「クイックビッグウィン」政策が体系的な経済問題の解決に重点を置いていることを示すものだと述べた。中小企業を含む事業者が資金調達にアクセスしやすくなり、収入が入るまでの運転資金を確保しながら競争力を高められる機会につながると説明した。特に政府の重点プロジェクトではこうした効果が期待でき、首相の強い意志を示す証左でもあると指摘した。
◆気候変動への対応と先端気象テクノロジーの活用
アヌティン首相は、1日の経済政策委員会(経済閣僚会議)で、今後の経済運営について懸念を示している。過去2か月間、水害などの災害対応として多額の予算を配分してきたことから、今後は被害後の救済ではなく、標準化され体系的な防災・警報システムの整備を優先すべきとの考えを示した。この観点から、デジタル経済社会省に対し、最新の防災技術に関する情報を国民に示すよう指示した。
チャイチャノック・チッチョーブ・デジタル経済社会相は、世界的な気候変動への対応力を高めるための方策を検討するよう首相から指示を受けており、その重要な取り組みの一つとして米国の気象テクノロジー企業Tomorrow.ioとの協力を進めていると説明した。同社はリアルタイムの気象予測とAPIを提供し、現在最も高性能な気象観測システムを有する。
連携の枠組みは「データ」と「AI解析プラットフォーム」の2つから成る。データに関しては、Tomorrow.ioがマイクロ波を用いた大気観測衛星で湿度や雲層を多層で観測し、嵐や降雨、気象状況を高精度で分析する技術を持つ。現在11基の衛星を運用しており、さらに増強中で、タイが取得できる気象データはより精密になる見通し。これにより、関係当局はより確実で迅速な警報の発出が可能になる。
もう一つの柱であるAI解析プラットフォームは、衛星からの膨大なデータをAIで処理し、15分ごとに更新することでリアルタイムの気象変化を追跡し、精度の高い予測につなげる。
デジタル経済社会相は、この協力を積極的に推進し、世界最高水準の気象予測技術を政策判断から地域レベルの防災まで幅広く応用すると述べた。実際の運用前にはデジタル省が試験と検証を行なう予定で、Tomorrow.ioも試験段階では無償で協力していると明らかにした。
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