老後に備えた貯蓄を奨励
高齢化の進展で政府の高齢者福祉予算の膨張が続いている。1人あたり月額600~1000バーツの老齢者手当は2020年に564億6200万バーツ(受給人口996万人)だったが、21年には793億バーツ(1040万人)、22年には833億4100万バーツ(1090万人)、23年には860億バーツ(1120万人)に達しており、今年は受給者が1300万人を突破し、支給額は総額で900億バーツを超えると予測されている。このままでは将来の財政負担が4000億~5000億バーツ規模に達する可能性もあると見て、タイ政府は若い頃から老後に備えた貯蓄を国民に奨励するための新たな措置を検討している。
パオプーム・ローチャナサクン財務副大臣によれば、国民貯蓄基金(NDF)による「養老貯蓄宝くじ」の発行を検討中。毎週、当選番号の抽選が行なわれるデジタル宝くじを発行、販売収入は全て購入者の預金としてNDFが預かり、60歳になった時点で返還する。クジに当選した賞金は即、現金で支給する。
価格は1枚50バーツとし、1人1か月あたりの購入可能上限額を3000バーツ(60枚)とする。NDFに登録している者、社会保険料を全額自己負担している自営業者、社会保険に加入していないインフォーマル・セクターで働く労働者など、2000万人に対象を限定する。
賞金額は1等が100万バーツ×5本、2等が1000バーツ×1万本で、1週あたりの賞金総額は最大1500万バーツ、年間で7億8000万バーツ。この額は生活保護の財政負担に比べればわずかで、老後のための貯蓄を奨励できれば財政負担の膨張なしに国民の老後の生活がある程度保証される。
タイ開発研究所(TDRI)のノンナリット・ピサラヤブット上級研究員もこのアイデアを支持し、「宝くじといった賭博的な要素が好きなタイ人気質に合っているし、闇宝くじに流れている資金の一部を取り込める可能性もある」と見ている。老後の生活費は1人300万以上に達すると推定され、一部を若い頃から積み立てていくことを制度化する意義は大きい。
国家経済社会開発評議会(NESDC)の調べによれば、社会保険や国民健康保険を通じた医療費負担、公務員年金、生活保護など社会保障支出額のうち、受益者・事業所が自己負担している部分は全体の10.8%に過ぎず、73.9%が国家予算から。2019年は自己負担分が16%だったが、コロナ禍で減少した。国による財政負担額は2012年当時5700億バーツだったのに対し、21年には1.8倍の1兆1600億バーツに増えている。これはGDPの7.15%に相当する。ちなみに12年当時は4.97%の水準だった。
社会保障費の大半は生活保護費など対象者への直接給付金で、21年にはこの種の支出が社会保障支出全体の57%を占めた。それ以外では老齢年金や死亡時の補償金などの法で定められた権利に基づく給付金が36.9%ある。給付金の内訳は老齢年金・死亡補償金が全体の41%、健康保険などの給付金が33.7%となっている。
政府財政負担分と受益者や事業所負担分、基金の運用益などを含めた社会保障のための財源の伸びは鈍化し続けていて出費額の伸びに追いついておらず、いずれは逆転する可能性が高くなっている。12年当時、56.3%あった収支差は21年には35.3%まで縮小した。高齢化に伴って年金受給者が増えるだけでなく、就労人口が減り始めていることから、この傾向はさらに強まる。社会保険や年金などの積立率を引き上げる動きが進まない一方で、受給対象人口は増えている。社会保険基金・年金基金の運用益も予想されたほどの成果を出しておらず、将来の財源に不安がつきまとっている。
コロナ禍で公的債務残高の対GDP比率は、以前の41.1%から61.8%(23年)まで膨張している。政府の財政事情も社会保障費に政府が充分な予算を振り向けることを難しくしている。
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