国家アイデンティティに指定
タイ式挨拶として知られる「ワイ」。両手を胸の前に合わせて静かにお辞儀をするその姿は同じ仏教徒で合掌の習慣がある日本人にも馴染み深く、タイ人やタイ文化に対する親近感を抱かせてくれる。セーター政府は6月11日の閣議で「ワイ」を国の象徴である「国家アイデンティティ」に正式に認定した。今年1月に原案がまとまり、国家アイデンティティ委員会と国家文化委員会が承認していた。
「ワイ」の起源は諸説あり、超自然的なものに対する畏怖や崇拝の意を表すために古代の人々が手を合わせて拝んだことに起因するといった説もある。インドに起因するという説が有力で、インド文化の影響を受けたラオスやカンボジアなど近隣諸国でも同じように胸の前で手を合わせて挨拶をする慣習が残っている。タイへの伝播は仏教伝来と時を同じくすると推定され、古刹の仏画などで手を合わせた仏の姿が描かれている。その後、時代を経るに従って「ワイ」はタイ文化に融合し、「立ちワイ」、「座りワイ」、「片手ワイ」、「跪きワイ」など、時と場合によって使い分けられる多様な「ワイ」が派生した。1962年には「タイ人の行儀」として教育省の指導要領に組み入れられた。
2011年、文化省は「ワイ」を含むタイ式の敬礼を文化遺産(社会慣行・祭礼部門)に指定した。「正式なワイ」について、仏像や仏僧などを拝む際や読経の際に捧げる「最敬礼ワイ」、高齢者や社会的に上位の者に対する敬意を表する「敬礼ワイ」、その他のケースの「通常ワイ」の3種類に分類、合掌した手の高さ(頭上高くから鼻の先、胸の前など)とお辞儀の深さによって形態を分けている。いずれも両脇を軽く閉め、合掌は強くなり過ぎずに緩やかに手を合わせると定めている。
コロナ禍が発生した2019年には国際舞台でも各国の首脳同士が握手や抱擁といった従来の身体を接触させる手法を避けて、両手を合掌する「ワイ」形式の挨拶を交わしたことが知られ、一部で「ワイの国際化」とも評された。
今年1月11日、国家アイデンティティ委員会は総理府次官室が提出した「ワイ」の国家アイデンティティ指定に関する提案を承認した(1月15日に国家文化委員会も承認済み)。タイ人の生活に根差し、伝統文化に対する誇りと愛着を生む習慣として、「タイの挨拶・敬礼の独自性を象徴する国家アイデンティティ」に指定する。現政権が積極的に推進している「ソフトパワー」の一つにも位置付けられるもので、今後、社会・文化的側面だけでなく経済的側面でも国家に貢献できるとの見解を示した。
ちなみに「ワイ」と対になる挨拶言葉の「サワディ」(善、美、安全、繁栄といった縁起の良い概念の総称)は、タイで立憲革命が起きた1932年の翌年、チュラロンコン大学の学生の間での挨拶に使われたのが始まりで、5年後の1938年に当時のピブンソンクラーム政権が国の正式な挨拶語に指定した経緯がある。
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