アドバンスド・インフォ・サービス
デジタル・インフラ構築で新戦略
国内最大の移動通信網を持ち、多種多様なサービスを提供するアドバンスド・インフォ・サービス社(AIS)のソムチャイ・ルートスティウォンCEOは、23年11月に「ザ・ネクスト・エボリューション」と称する新たな事業戦略を発表した。あらゆる次元で顧客に未知の体験を提供するデジタル・ワールドとタイの通信産業にとって重要な改革の取り組みを通じ、堅固で持続可能な国家開発の一翼を担う方針だ。
■新事業戦略
ソムチャイは新たな事業戦略について次のように語っている。
「ザ・ネクスト・エボリューションにより、当社はタイ人とあらゆる部門の企業に最先端のデジタル・エクスペリエンスを提供するスマート・インフラの能力向上を目指す。新たな事業戦略は、分かち合う経済のエコシステムの中で持続可能な成長を目指すサステナブル・ネーションという思想に基づいた、コグニティブ・テック・カンパニーと称することもできる」
ソムチャイによれば、全ては①ネットワークのイノベーションを志向するインテリジェンス・インフラストラクチャー、②産業部門を横断する協業の重要な進歩を目指すクロス・インダストリー・コラボレーション、③社会と環境の持続可能な成長を生み出すためのサステナブルという3つの核に集約される。現代は先端技術が経済に非常に重要な役割を果たす時代であり、GDP成長率を加速させる大きな力をもたらす。
タイ経済を振り返ると、AISが当時のタイ電話公団から事業権を取得して移動電話サービスを開始した90年頃に成長が加速し始め、高度成長時代を迎えた。AISもアナログ方式の移動通信システムである1Gからスタートして、現在は5Gへと進化している。
「今や設立から34年となった。その我々が誇りとするのは、営利事業で成功を収めたことのほかに、デジタル・インフラの構築に寄与し、タイのGDPを飛躍的に押し上げる重要な役割の一翼を担ったことだ」
■エコシステム・エコノミー
ソムチャイは次のようにも語る。
「タイのように経済規模が小さい国は、デジタル時代が到来しなければ大国と競争できなかった。正しい方向に上手く使用すれば、デジタル技術は大国と競争する機会を与えてくれる。小規模企業の事業者も同様であり、先端技術を上手く用いれば大企業と競争することも可能になる」
いずれにせよ、現在の世界にはチャレンジが満ち溢れている。地政学的対立がもたらすリスク、地球温暖化をはじめとする環境問題、環境関連の貿易障壁、エネルギー危機、インフレなどが国と企業の成長の大きな障害となっている。
実はソムチャイはすでに22年に、タイの持続可能な成長には、分かち合う経済のエコシステムであるエコシステム・エコノミーを通じ、スマート・デジタルのインフラ開発、産業横断型の企業同士の協業、社会と環境の持続可能な成長を生み出す取り組みに注力しなければならないと指摘していた。
「簡単に言えば、我々は社会の全ての分子の中に浸透し、サステナブル・ネーションの建設、すなわちタイの持続可能な成長の促進を目的に活動しなければならない」
3方面の取り組みを重視するAISの事業活動指針は、最近の状況をもとに将来を見据えた業況評価により生み出された。タイの通信業界ではすでに2~3年ほど前から、値引きをともなう販促活動を通じた価格競争から、適正な価格設定の下で顧客満足度を指標に競争を繰り広げる方向に変化した。
■NTとの提携
インテリジェンス・インフラストラクチャーの分野では、23年に移動通信(5G)と固定ブロードバンドの通信網に合計270億~300億バーツを投資した。今後も毎年継続して通信網の拡充に投資を行なう方針だ。移動通信では、現在すでに4万6590か所の基地局を開設し、4400万回線でのサービスを提供している。
加えてナショナル・テレコム社(NT)と提携したことで、NTが割り当てられた700メガヘルツの周波数帯の10メガヘルツ分も利用可能となった。その結果、AISの顧客は移動通信網の未カバー・エリアを中心として、遠距離にまで電波が到達する特性がある700メガヘルツの周波数帯の電波を、AISが入札により獲得した30メガヘルツ分と合わせて40メガヘルツ分利用できるようになった。他方、NTはAISが構築した700メガヘルツの周波数帯の通信網をリースすることで、自社の顧客にAISのこの通信網を利用できるようにする。このほかAISは23年12月にリビング・ネットワーク・サービスもスタートさせ、顧客自身のニーズに応じてモバイル・デバイス上でインターネットのシステムを変更可能なパッケージの提供を開始した。
■3BB買収
固定ブロードバンドでは、総延長25万4000㌔㍍の通信網を敷設し、238万世帯の顧客にサービスを提供している。24年には、買収した3BBと合わせて固定ブロードバンドの通信網は1300万世帯にサービスを提供する態勢が整う。これにともない、他の移動通信会社のサービスを利用している3BBの顧客をAISの移動通信サービスに乗り換えさせる戦術を採用する。3BBの顧客数は23年第2四半期時点で231万世帯あり、うち約半数が他の移動通信会社のサービスを利用している。
このほかWiFiサービスに関しては、TPリンクと提携し、「WiFi7」ルーターを用いて電波信号が不安定になる問題の解決に取り組み、スムーズな通信を実現させた。加えて企業向けプラットフォームのサービスでは通信機能をAPIで接続するクラウド・サービスのCPaaS(Communications Platform as a Service)と、5G、ファイバー、エッジ・コンピューティング、クラウド、ソフトウエア・アプリケーションを1か所に取りまとめたワンストップ・サービスの「AISパラゴン」をスタートさせた。
■マイクロソフトとの提携
クロス・インダストリー・コラボレーションの分野では、パートナーと協力して団体・一般双方の顧客向けに各種サービスを提供することでエコシステム・エコノミーの強化に取り組んでいる。団体顧客向けには、マイクロソフトと提携して生成AIサービスを提供するようになった。マイクロソフトのソフトウェアとリンクした「コ・パイロット」と称するサービスで、例えばワードのデータをパワーポイントのデータに変換したい時など、顧客はデータを入力して音声により指示すれば別のソフトウエアのデータに変換できる。東南アジア地域では初めてチームズ電話のサービスも提供し始め、顧客はマイクロソフト・チームズを通じて世界中の番号に電話をかけられるようになった。加えて中興通訊(ZTEコーポレーション)とも提携し、手のひらサイズの小型コンピュータを用いたクラウドPCサービスの提供にも着手した。
こうしたサービスは新たな収入源としてAISの財務基盤の強化に貢献するとともに、同業他社との差別化にも寄与している。一般顧客向けには、パートナーとの提携を通じてポイント・プログラム「AISポイント」の魅力を高めるべく取り組んでいる。例えば、クレジットカード会社と提携し、クレジットカードのポイントをAISポイントに交換できるようにした。クルンタイ銀行との提携では、AISポイントのポイントを同銀行が開発したアプリ「トゥングン」を使用する180万店の店舗で商品・サービス料金の決済にも使用可能とした。大規模小売店や一般商店との提携では、3万店超の店舗でAISポイントを用いて特別なサービスを受けられる。
サステナブルの分野では、グリーン・ネットワーク投資による通信効率の向上と省エネに向けた移動・固定通信網の改善を推進している。太陽光エネルギーの有効利用を目的に、基地局への太陽光パネルの設置も進めている。電子ゴミの埋設処理を無くすべく、ゼロEウェイスト・トゥー・ランドフィル・プロジェクトにより、適切な方法での処理を促してもいる。形態が多様化しているサイバー犯罪の防止を目的としたAISウンチャイ・サイバー・プロジェクトでは、4Pサイバー犯罪防止カリキュラムを開講して30万人以上が受講した。このほか、AISアカデミー・フォー・タイ・プロジェクトを通じた専門知識の伝達にも取り組み、興味を持つ一般国民にサイバー犯罪の防止、多様な知識へのアクセス方法、職能開発、斬新なアイディアを生み出す発想法という4種類の主要なプラットフォームを通じて専門知識の伝達を推進した。
■WiFi7
現在のタイの移動通信利用状況を見ると、利用比率は人口の130%に達している。加えて全世帯の約半数が固定通信システムを通じてインターネットにアクセスするようになり、これにともない様々な分野のクリエイターも200万人以上誕生している。AISは、タイの通信業界を牽引する主要プロバイダーとして、移動通信と固定ブロードバンドの通信網の拡充に取り組み、合わせてサービスを通じてタイ国民のデジタル・ワールドへのアクセスを支援している。
「デジタル・インフラへの投資を継続的に推進する。通信分野の独立機関の関係者は、5Gと4Gの移動通信電波の質は当社が一番だと賞賛してくれている。しかしこうした声に満足することなく、どうすればもっと良いサービスを提供できるかを常に考えていく」
AISは顧客が満足するような電波信号の速度を維持しているかを常にチェックしており、それがWiFiサービスのルーターを「WiFi6」の4.8倍の速度で電波信号を送受信できる「WiFi7」の導入につながった。速度以外に「WiFi7」の信号は安定性の面でも「WiFi6」を上回る。
団体顧客に関しては、ブリッジ・アライアンスに結成年の04年から加盟したことがAISの顧客基盤の拡大を支援した。ブリッジ・アライアンスはアジア・太平洋地域最大の移動通信プロバイダーの連合体で、34件のプロバイダーが加盟しており、10億人のユーザーをカバーする。AISはブリッジ・アライアンスの支援下で、例えばトヨタなどの自動車メーカー向けにIoTのプラットフォームを開発した。団体顧客のニーズに応えるためにはデータセンターも必要だが、AISはチョンブリ県に過去最大で省エネ効果も高いデータセンターの建設を進めており、25年にオープンする予定だ。
ソムチャイは最後にサステナブル・ネーションの建設支援についても語った。
「現代は利益確保能力だけでは企業の優秀性の評価はできず、SDGsの原則に基づいた経済、人間、社会、自然環境への配慮にも役割を果たさなければならない」
環境保全に向けては、グリーン・ネットワークの構築を目指し、イノベーションの導入を進める。例えば、顧客の電波使用状況に見合ったエネルギーの管理運用を行なうべく、基地局にAI技術の導入を進めることで年13万㌧の二酸化炭素の排出削減に寄与する。太陽光、風力といった再生可能エネルギーの使用比率を引き上げることで、年160万㌧もの二酸化炭素の排出を削減する。デジタル技術を駆使したサービスの拡充により顧客が支店を訪れなくても各種手続きを行なえるようにすれば、年140万㌧の二酸化炭素の排出削減につながる。一方では、ゼロEウェイスト・トゥー・ランドフィル・プロジェクトを継続的に実施することで、正しい方法で電子ゴミを処理するよう啓発活動も進める。
「持続的な電子ゴミ問題の解決に向け各部門と協力していく。ザ・ネクスト・エボリューションはサステナブル・タイランド、持続可能な成長に寄与するための事業戦略でもある」
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