2025年7月23日(水)号

次期中銀総裁にウィタイ氏=10月1日付で就任へ

 ヂラユ・フアンサップ政府報道官は7月22日に開かれた閣議で、ウィタイ・ラタナコーン政府貯蓄銀行総裁[=写真]が新たなタイ中央銀行総裁に任命されたと明らかにした。ピチャイ・チュンハワチラ副首相兼財務相の推薦によるもので、中銀副総裁のルン・マリカマート氏を抑えて指名された。ウィタイ氏は、現総裁のセータプット・スティワートナルプット氏の任期満了に伴い、10月1日付けで総裁に就任する。


◆家計債務対策で実績
  ピチャイ副首相兼財務相は、ウィタイ氏が経済学、金融、銀行の分野で知見と経験を備えていると説明した。ウィタイ氏は現在54歳。チュラロンコン大学政治経済学修士号、チュラロンコン大学ビジネス法修士号、米国ドレクセル大学金融学修士号、タマサート大学経済学学士号を持つ。現在、政府貯蓄銀行(GSB)の総裁を務めており、現政権の家計債務問題解決政策を支える役割を担っている。特に「あなたは闘い、私たちは助ける(クンスー・ラオチュアイ)」プログラムでは先導役的存在で、GSBは、政府が準備している国民向け債務軽減政策の実施準備も整えている。ウィタイ氏は、貯蓄銀総裁として新型コロナのパンデミック期に多額の負債を抱えた中小企業や家計への金融支援策を主導したことでも知られる。

◆金融政策への姿勢と政府との関係性
 新総裁は、金融政策の余地が限られるなか、消費の低迷、家計債務の膨張、米国の高関税に直面し苦境に立たされている経済を支えるという困難な課題に直面する。経済界は、ウィタイ氏の任命により、金融政策をめぐってセータプット総裁と対立してきたプアタイ党主導の政府と中銀の関係が改善すると予想している。ウィタイ氏自身、低迷する経済を支え、借り手の負担を軽減するため、より積極的な金融緩和を主張してきた。かねてより財政政策の責任者と金融政策の責任者の緊密な連携を求めており、利下げやインフレ目標の引き上げ要求に抵抗したセータプット現総裁とは異なり、政府に協力する姿勢を示すものとみられている。
 ウィタイ氏は中銀総裁選に立候補した際、停滞した経済を活性化させるには、政策金利を一定期間にわたり大幅に引き下げる必要があるとの見解を表明している。また、より重要なのは、商業銀行が政策金利の引き下げ分を顧客に還元することだとも述べている。金利引き下げは必要だが、それだけでは不十分で、追加的な支援策が必要との見解も示している。
 中銀の金融政策委員会(MPC)が予定している次回の政策決定会合は8月13日。次々回はウィタイ氏の総裁就任からわずか1週間後の10月8日に開かれる予定となっている。現在の政策金利は年1.75%。昨年10月以降、政策金利は3回にわたって計0.75%幅引き下げになっているが、前回6月の会合では据え置きを多数決で決定している。エコノミストらは年内に少なくとも2回、計0.5%幅での利下げを予想している。

◆中銀の独立性への懸念
 中銀総裁経験者や経済学者は、政府とのつながりがあるウィタイ氏の任命に対し、中銀の独立性への懸念を表明している。これに対し、ウィタイ氏は7月8日、Facebookに「いかなる団体にも左右されることなく、国の最善の利益を追求することが重要」と投稿している。
 ピチャイ副首相兼財務相は、今後の財務省と中銀の連携について、「これまでも中銀総裁とは緊密に協力してきた。誰が就任しても円滑に連携できると信じている」と述べた。特に、政策金利の決定を含む金融政策と財政政策の協調が不可欠だとしている。また、新総裁に対する政府の期待として、最も重要かつ喫緊の課題として家計債務問題の早期解決を挙げ、「現下の経済情勢に即した取り組みが必要」と強調した。
 政治による介入への懸念に関しては「私のスタイルは強制や圧力ではなく、対話と理解に基づくものだ。中銀総裁には自主性と責任が求められる」と説明した。「新総裁には自由な発想と独立性が必要。財政・金融両政策は相互理解のうえで調和させなければならない」と述べた。政策金利引き下げへの期待では、「金融政策委員会の専管事項であり、現時点で予断を持つべきではない」としている。
 パオプーム・ローチャナサクン財務副大臣は「財政と金融の政策運営が同じ方向を向くよう、中銀との対話を一層深めていきたい」と語った。特に、信用供与の基準や金融アクセスのあり方に関し、安定性を重視しすぎると融資が停滞し、金融機関は健全でも資金が市場に行き渡らなくなると指摘した。パオプーム氏は、金融システムの安定性と経済の潜在力との間でバランスをとらなければならないとしたうえで、「現在のインフレ率は低すぎる水準にあり、金融・財政両面からの対応が必要。為替の過度なバーツ高にも配慮すべき」と語った。

◆経済界の期待
 タイ商業会議所のポット・アラヤワタナノン会頭は、バーツ高が輸出競争力を削いでおり、速やかな対応が必要だとし、新総裁には為替の安定を最優先で求めると述べた。また、現在の政策金利は企業の資金繰りに悪影響を及ぼしており、利下げが必要だとコメントした。預金金利と貸出金利の乖離を問題視し、家計債務の緩和策の必要性にも言及した。
 タイ荷主評議会(TNSC)のタナコーン・カセートスワン会長も預金金利と貸出金利の乖離が大きく、金融機関の利益が過度に増していると指摘している。為替について、バーツ相場の変動要因は複雑だが、輸出入への影響を考慮して、他国と近い水準での安定を保つ努力を求めた。
 SET上場不動産デベロッパー、SCアセットのナッタポン・クナコンウォンCEOは、ウィタイ氏の就任は利下げへの期待が持てると述べている。金利の低下は不動産業界に直接的な刺激となるとし、資金調達コストの低下が企業と消費者双方に恩恵をもたらすとした。また、政府系特殊金融機関による債権買取政策も、民間銀行の貸出余地を広げる有効策だとした。
 サイアム商業銀行(SCB)のシンクタンクであるエコノミック・インテリジェンス・センター(SCB・EIC)のティティマー・チューチョート・シニアダレクターは、「新総裁の課題は、短期では景気減速とトランプ関税の不確実性への対応、長期では構造改革の推進だ」と指摘した。SCB・EICの予測では、今年の経済成長率は1.5%、2026年は1.4%に鈍化する見通し。政策金利だけでなく、低利融資や信用保証枠の拡大など、中央銀行の金融ツールを活用することで、経済や事業の安定化に貢献できると主張している。
 CIMBタイ銀行のアモンテープ・チャワラー副頭取は、中銀は象牙の塔から出て、庶民の声に耳を傾けるべき時と訴えた。中銀の信頼は地位ではなく、国民の共感と対話によって得られるとし、統計データだけに頼らず、国民が実感できる言葉で説明し、広く多様な声に耳を傾けるべきと述べた。
 家計債務の深刻化、生産活動の低迷、世界経済の不確実性を踏まえ、中銀総裁は単なる「安定の番人」ではなく、「明確なビジョンをもった改革リーダー」であるべきだとした。ウィタイ氏については、過去にタイ・イスラム銀行などの立て直しを成功させた実績があり、限られた資源で最大限の成果を出す手腕に期待を寄せた。
 バンコク銀行のチャートシリ・ソーポンパニット頭取は、草の根経済、特に家計債務の問題に精通するウィタイ氏が支援策を打ち出すことに期待を寄せている。
 中銀と政府の連携強化や柔軟な金融政策運営への期待が高まる一方で、中銀の独立性と信頼性に対する懸念も根強く残っている。
 タマサート大学経済学部のキアットアナンタ・ルンケーオ教授も、政府貯蓄銀でのソーシャル・ファイナンス分野での経験や資本市場の知見を背景に、政府とより密接に連携して経済の安定を図りながら、より幅広い視点で金融政策に取り込むことを期待するとコメントした。ウィタイ氏の社会的観点からのアプローチは、中銀の役割に以前と異なる次元をもたらす可能性があるとも述べた。
 中銀の独立性に関する懸念については、「金融界の慣例として中立性は極めて重要であり、ウィタイ氏もその認識を持って職務に臨むだろう」と語っている。ただし、学術的・技術的な根拠を欠いたまま政府の意向に従うようであれば、中銀内外からの支持を得られない可能性があるとも警鐘を鳴らした。
 一方、ある評論家は、今回の人事が政治色の強い人物が中銀総裁に就任する初のケースと指摘し、今後は中銀の政策が政治的な利害により強く影響されるおそれがあるとの見方を示している。ウィタイ氏のもとでは、中銀の厳格な規律とリスクに備えた政策余地の確保という従来のスタンスから逸脱した政策が打ち出される可能性がある。金利や為替政策の見直しを行なうにあたっては、それが経済的に必要であるという明確な証拠が不可欠になると指摘している。また。ウィタイ氏のもとで、低金利志向や為替介入への関心が高まる可能性があるとの見通しも示した。大衆迎合的な金融政策に陥らないよう、バランスを保つことが極めて重要と強調し、過度な利下げや過剰な通貨介入、革新的だがリスク評価の伴わない金融商品の導入などは避けるべきと忠告している。

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