2025年8月18日(月)号

MPC、政策金利を1.50%に引下げ=中小企業支援と景気下支えを重視

 タイ中央銀行の金融政策委員会(MPC)は、8月13日に開いた今年4回目の政策決定会合で政策金利を年1.75%から1.50%へ0.25%引き下げることを全会一致で決定。即日発効した。
 MPCは、2025年と2026年のタイの経済成長率がおおむね予測に近い水準を維持すると見込む一方、米国の関税措置が構造的問題や競争力の低下に追い打ちをかけると指摘。特に中小企業(SME)など一部セクターでの脆弱性が強まっていると認めた。金融環境が企業の事業調整を後押しし、脆弱層の負担を軽減できるようにするため、追加的な金融緩和が可能と判断した。
 MPCの書記を務めるサッカポップ・パンヤーヌクン総裁補[=写真]は、今回の利下げについて、今年または来年の経済指標全体が大きく変化したことによるものではなく、全体の数値は従来、中銀が予測していた水準に近いと説明した。また、経済が継続的に悪化することを意味するものではないと強調した。現在の経済状況は、新型コロナの影響でマイナス成長となり、観光業が大きな打撃を受けた時期ほど深刻ではないと強調した。


 今回、MPCが政策金利の引き下げを決定した主な理由は、金融環境と一部セグメントへの与信状況の悪化にあり、特に中小企業や月収3万バーツ未満の低所得層、零細事業者が依然として困難に直面していること、さらに、トランプ関税など複数の要因が追い打ちをかけていることを挙げた。年商2000万バーツ未満の中小企業は、金融機関による与信審査の厳格化により資金調達が困難になっており、信用リスクの高まりに伴って銀行貸出は縮小を続けている。大企業の資金需要も経済の不透明感の高まりから減少している。
 MPCの6名の委員による今回の政策金利引き下げの判断は、今後予想される複数のリスクを踏まえたもので、特にトランプ関税がタイ経済全体に及ぼす影響や、競争力の低下を助長しかねない構造的課題への懸念が背景にある。すでに脆弱な立場にある中小企業は、影響を大きく受けており、貸出残高の継続的な減少と債権の質の低下が顕著になっている。住宅ローンは全体として増加傾向にあるが、低所得層向けの融資はリスクが高く、最近では不良債権が中所得層や高所得層にも徐々に広がりつつある。
 貸出全体は低水準で横ばい見通しで、急激な減少は予想されないものの、MPCは金融環境がこうした脆弱層にさらなる打撃を与えないよう配慮する必要があると判断した。サッカポップ氏は、今回の利下げは、追加的な金融緩和措置として、脆弱層の負担軽減と事業環境への適応を支援することを目的としていると述べている。これまでの金融緩和の恩恵が一部に偏っていた一方、適応が難しい層が広範に存在している現状を踏まえ、利下げを決断した。経済成長率が2.3%になるか2.4%になるかといった数値目標にはこだわらず、むしろ脆弱層への影響が広がっていることが政策判断の核心だと強調した。
 政策金利は、年1.50%まで下がったものの、過去の最低水準である0.50%と比較すると、なお引き下げの余地がある。ただし、MPCは、金利が低水準に近づくほど、金融政策の効果は徐々に低下する傾向にあることも指摘している。中銀は、金融政策の政策的余地(ポリシースペース)を重要視しており、その限られた余地を脆弱層の支援に活用するのが適切と判断した。ただし、金利を下げれば余地は縮小するため、今後の追加利下げについては一層慎重な検討が必要になるとしている。
 これまでの利下げによる市中金利への波及効果は全体で43%と、新型コロナ期の40%に近い水準だったが、直近の利下げでは効果が弱まっている。MPCは、今回の利下げで、波及効果を高め、より多くの企業や家計に恩恵が行き渡ることを期待している。通常、金融政策の効果が経済全体に浸透するには4四半期(約1年)程度かかるため、過去3回の利下げの影響はまだ残っており、今後も波及が続く見込み。今回の利下げは、脆弱層の金融環境の改善に対する信頼感を高める狙いがある。
 タイ経済は、テクニカル・リセッション(前四半期比のマイナス成長が2四半期以上連続する状態)に陥る可能性があるものの、過去の事例からみて頻度は低く、アジア通貨危機や新型コロナのような深刻な外部ショックが引き金になる場合が多い。現時点では、国際通貨基金(IMF)や複数の調査機関が世界経済とタイ経済の成長見通しを上方修正しており、深刻な影響は限定的とみられている。中銀による今年の経済成長率見通しは従来の2.3%から大きく変わっていないが、一部の輸出関連データが改善しているため、上振れの可能性もある。ただし、年後半の成長率は低水準にとどまり、潜在成長率を下回るとみている。
 今年の成長率見通しは2%台前半で、潜在成長率(2%台後半から3%程度)を下回っている。観光業は、国内経済を減速させる要因となり、影響は観光関連産業だけでなく、フリーランスや自営業などの周辺職種にも及ぶ。観光業は全就業者の約11〜12%を占めており、この分野での所得の減少は民間消費の落ち込みにつながると分析した。
 一方で、MPCは、物価の下落が持続するデフレ状態には陥っていないと強調している。一般インフレ率は一時的にマイナスになっているが、コアインフレ率はプラス値を維持している。物価の下落は、消費者の買い控えによる需要の減退ではなく、サプライサイドの要因によって特定品目の価格が大きく下がったことが主因と説明している。
 最近の為替動向について、バーツ高が進んだ背景として、ドル安の流れがあると説明した。ただし、バーツは他の新興国通貨よりも急なペースで上昇しており、国際金価格の上昇や株式市場への資金流入が影響を及ぼしている。サッカポップ氏は、中銀の役割は為替レートを経済のファンダメンタルズに沿って安定させることにあると述べている。
 ピチャイ・チュンハワチラ副首相兼財務相は、MPCが全会一致で政策金利を引き下げたことを「好ましい兆候」と評価した。今回の利下げは、複数ある経済課題の解決の出発点であり、現在3~4件の計画について中銀と協議を進めていると述べている。経済システム内の流動性を再び活発化させることが目的で、「中銀とはすでに意思疎通ができている。資金の流れが活発になれば、バーツ相場にも反映され、輸出業者にもプラスになる」とコメントした。
 タイ開発研究所(TDRI)のノナリット・ピサンヤブット上級研究員は、MPCが政策金利を引き下げたことについて、金融緩和姿勢を強めるシグナルと指摘した。背景には、トランプ関税の影響、家計債務の高さ、不振が続く不動産市場、外国人観光客数の減少など、国内外の景気減速要因があるとした。中小企業にとっては資金調達コストの低下が朗報となり、融資や家計支出の刺激を通じて景気全体の押し上げ効果を期待できると述べている。
 ただし、利下げは短期的な景気刺激に過ぎず、長期的には構造改革の実施が不可欠とも強調した。金利水準は年1.25~1.50%で十分とし、今年中の追加利下げはあっても1回程度にとどまると予測。インフレ率は目標レンジを下回る見通しで、利下げ効果が実体経済に波及するには時間がかかるとしている。また、長期的には家計債務問題や不良債権の処理と整理回収会社(AMC)の設立などと組み合わせる必要があるとした。
 タイ工業連盟(FTI)のクリアンクライ・ティアンヌクン会長も、今回の利下げを現下の経済状況に適した判断と評価。エネルギーと物流に加えて金融コストが重要な負担要因で、その軽減が企業経営の支えになると述べている。特に中小企業はトランプ関税やバーツ高の影響で苦境に立たされてきたため、金利の低下は競争力の強化に資するとした。
 タイ商業会議所(TCC)のポット・アラムワタナノン会頭も、利下げは事業コストを下げ、新規の国内投資の促進にもつながると述べた。一方で、現状のバーツ高は域内通貨以上に進んでおり、輸出競争力を削いでいると指摘し、為替水準の適正化を求めている。

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