社会レポート

目次

タイの教育の質の劣化

キアットナーキン・パトラ・ファイナンシャル・グループ発行の「KKPリサーチ」23年12月12日付けレポートより

*タイの教育の質はなぜ毎年低下しているのか

 22年のPISAの得点がこのほど発表された。PISAは国際生徒評価プログラム(Programme for International Student Assessment)の略である。経済協力開発機構(OECD)が実施している国際的な基準に基づく各国生徒の学習能力の評価テストで、15歳の生徒の数学、科学、読解力の3分野の技能を調べ、その結果を得点で評価する取り組みだ。タイは01年からPISAに参加している。
 22年におけるタイのPISAの得点は驚くべきものだった。18年の得点と比較して全ての分野で低下したのみならず、重大な現象として、合格と評価される基準点を下回る得点しか得られなかった生徒の数が12年との比較で数学で19%、読解力で32%、科学で19%増えた。このほか経済的・社会的地位が良好な上位25%の家庭出身の生徒が獲得した数学の得点が、経済的・社会的地位が下位25%の家庭出身の生徒が得た得点を約61点も上回った。
 多くの者は、PISAの得点はタイの教育の質全体を反映してはいないと考えている。しかし発表された得点を見ると、過去10年間の教育開発はタイの教育をほとんど発展させなかったことを否定できないだろう。低下したPISAの得点から、多くの者はタイの教育の質に関する問いを再び発し始めており、広く議論を巻き起こす論点となっている。そこでKKPリサーチでは、なぜタイの教育の質はまだ向上しないのか、真の問題はどこにあるのか、政府はこの問題の解決にどのように取り組むべきかの答えを探求した。

*教育にアクセスするタイの児童・生徒は増えたが、教育の質は低下しており、格差が拡大している
 KKPリサーチはまず、現在のタイの教育がどのような状況にあるのか、タイの教育は全体としてどのような開発の方向性を持っているのか、経済発展の水準がタイと近似している国と比較してどうかという問いを設定し、多くの次元から検討を加えた。その結果、全体像としてはタイの教育は多くの予算を投じて教育へのアクセスに関する開発が行なわれてきたが、質の側面の開発は遅れていることが明らかになった。
 タイの教育へのアクセス状況はかなり良好である。教育へのアクセス率は上昇を続けており、域内の平均を上回る良好な水準にある。それは各教育課程への就学率に反映されており、全ての教育課程で進展が見られる。初等教育課程の就学率は98%を超えており、例えばスイスや韓国などの高所得国と近似した水準にある。中等教育課程の就学率は中所得国と近似した水準にある。しかし就学前教育へのアクセスはまだ高水準にはなく、約60%にとどまっており、先進国の約80~90%をかなり下回っている。あるレポートは、就学前の適切な開発が人間の質的発達と長期的な国の人的資源の育成にとって非常に重要だと指摘している。
 タイの基礎教育へのアクセス状況はかなり良好だが、重大な問題は教育の質にある。22年におけるタイのPISAの3分野合わせた平均得点は、OECD諸国の平均得点よりも低いばかりか、域内における多くの国をも下回っている。驚くべきことに、年齢15歳のタイの生徒で読解力のテストが合格点だった者の比率は約35%に過ぎなかった。PISAの得点の推移を点検すると、タイの教育の質は過去10年間で全く改善されていないばかりか、3分野全てで平均得点が低下していることに気づく。10年前との比較で、22年におけるタイの生徒の平均得点(全参加国の平均点が500点となるように調整した点数)は読解力で62点、数学で33点、科学で35点低下した。コロナ感染拡大期の学習の問題から得点が低下したのではないかという声もあるが、タイの平均得点の低下は22年のテストでのみ生じてはおらず、特に読解力の平均得点は一貫して低下する傾向にある。
 また近隣諸国との比較でも、マレーシアとベトナムの22年の平均得点は3分野全てでタイを上回った。このほかタイの初等教育課程6年生(小学校6年生)、中等教育課程3年生と6年生(中学校3年生と高校3年生)の基礎教育の知識レベルを測定する全国学力テストのONETでは、タイの教育カリキュラムを踏まえた試験問題だったにも関わらず、半数以上が50%に満たない得点しかあげられず、過去の取り組みでは改善の兆候が見られなかった。こうした状況はタイの教育制度が危機に直面していることを明示している。
 その大きな原因として、教育格差の問題があり、低所得層の子どもが良好な成績をあげられない状況を生み出している。格差は多くの次元で生じている。例えばバンコク首都圏の学校と地方県の学校の格差に言及すると、多くの地方県では教員不足と教員の質の欠如という問題に直面している。学校間格差も生じている。一部の国立学校は質が高いとされ、入学時に競争があるため、入学するには特別授業を受けることで準備を整えておく必要がある。私立学校に関しても、高い経済的なステイタスを有する家庭は子弟を良質な教育を施す私立学校に入学させることができる。とりわけ最近では、数を増してきているインターナショナル・スクールへの入学がトレンドとなっている。
 タイの学校における授業の質の格差は、トップ・パフォーマーとロー・パフォーマーの生徒の比率に表われており、22年のPISAの得点が1分野でも高かった(レベル5またはレベル6)だった生徒の比率が数%に過ぎなかったのに対し、3分野いずれもで低かった(レベル2以下)の比率は50%近かった。こうした状況は、タイでは基準を満たす教育を受けている生徒がほんのひと握りの層に限定されていることを意味している可能性がある。

*なぜタイの教育状況は悪化し続けているのか
 タイの教育関連予算を所得水準の比率で評価すると、他国を下回ってはいない。過去のタイの教育開発は、「使用する資金は増加し、生徒数は減少したにも関わらず質は低下した」と評価できる。就学支援を目的に多額の予算が投じられた結果、タイ国民の教育へのアクセス性は改善した。例えば15年間の無償学習政策により、タイでは多額の教育関連予算が割り当てられた。初等教育課程の予算がGDP比で29.4%となり、域内諸国中最高を記録したこともあった。しかし教育に関する研究はいずれも、教育関連の支出の増加は当初は質にプラスの影響をもたらすが、一定レベルに達した後には他の要因の重要性が高まると結論付けている。例として挙げられているのが教員とカリキュラムの質である。
 KKPリサーチは、タイの教育は構造調整により質の改善が必要がレベルに達したと見ている。予算を増額しても現存する問題の解決に向けて適切に使用されていないため、長期的な教育の質の開発に成果をあげることが不可能な状況にある。今後重要となるのは本当に教育の質を定めている他の要因に対する理解であり、過去よりも的確に問題を解決するために資源を使用しなければならない。
 18年のPISAの結果に関するOECDの研究(PISA 2018 Results: EFFECTIVE POLICIES, SUCCESSFUL SCHOOLS)では教育の質が各国で異なる状況をもたらしている要因を明らかにする取り組みがなされ、教育へのアクセス、教育に関する平等、教育課程の区分とカリキュラム、教員の数、教員の質、教員の報酬、学習設備の充足度、学習時間、教育制度、評価方法といった多くの次元で比較研究が行なわれた。留意点で興味深いのは、数量を重視した教育開発は教育成果の改善につながらないという指摘だった。タイはかなり多くの予算を教育に投じている国であり、他国と比較して学習時間も長く定められている。しかしPISAの成績を見る限り、そうした要因は教育の質の改善に寄与する重要な要因とはなっておらず、全体的には負の相関性がある。
 教育制度の成功を定める要因は多様であり、明瞭に要約することは不可能だと思われる。しかしPISAの研究成果は、より良い教育の成果へと導く重要な条件として次のような要因を挙げている。
 第1に、就学前教育を3年以上とし、幼児教育を充実させる。
 第2に、生徒の理解があまねく行き届くような授業を支援する。同じ教室で学習する生徒の成績が近似し、過度な差が出ないよう取り組む。
 第3に、基準の認証を受けた教員の数が生徒の数に対し十分になるよう確保する。
 第4に、学習があまねく行き届くようにするためにひと教室あたりの生徒数を少なくする。
 第5に、教育資源へのアクセスの格差が、機会に恵まれない学校と都市部の学校で広がらないよう取り組む。あるいは機会に恵まれない学校に対し、都市部の学校よりも多くの資源が分配されるよう取り組むべきである。
 こうした要因以外に、タイでは数字で全てを表すことが不可能な多くの問題を教育部門が抱えている可能性がある。実際には、タイの教育政策は取り組むべき課題を踏まえ、多くの次元で改善がなされるよう目標が設定されているからだ。例えばカリキュラムを修正し、創造的な思考と分析、新しい時代の技能を促進するよう定められている。これは望ましい指針だが成果をあげられておらず、実際には教育現場の中で変化が生じていない。

 KKPリサーチは、教育の質の問題には少なくとも5つの次元があると見積もった。次の点がタイの教育に影響を及ぼしており、取り組みを修正する必要がある重要な課題になると見ている。
 (1)予算の割り当てが不適切で、小規模校が不利であり、人材開発が行なわれていない。
 タイの教育の重大な問題は学校間の格差であり、政府は都市部の大規模校よりも小規模校の開発に注力する必要がある。小規模校は多くの問題を抱えている。特に農村部の小規模校は教育の質に関する問題が最も深刻で、その深刻度はONETの得点に反映されている。ONETの平均点は学校ごとにかなり差があるが、地方県の学校に通う生徒の平均点が総じて低い。小規模校はタイでは増加を続ける見通しにあり、23年に1万5000校を超えた。生徒数の減少と逆の方向性を有している。
 重大な問題は生徒数が全校でも数十人しかいない規模が極小な学校にあり、結果、生徒1人あたりの教育コストが高くならざるを得ない。しかし中央から配分される予算は生徒の人数に応じて割り当てられる傾向にあるため、大規模校と比較して非常に少ない予算しか得られない。そこでこれから先も小規模校の数が増え続けた時に、どのようにしてあまねく行き届く効率的な教育を施せばよいのかという問いが生じ、タイ政府にとって重大な課題の一つになっている。
 小規模校は深刻な教員不足の問題を抱えている。その一因は、基礎教育委員会事務局の生徒数に応じた教員数の配置規定から生じている。例えば基礎教育委員会事務局の規定に基づけば小規模校の場合は生徒20人に1人の割合で教員を配置すべきとされており、これを満たす限り教員不足とは見なされない。しかし現実は、小規模校も中・大規模校も初等教育課程では就学前教育と合わせて約8学年分の教室を用意しなければならず、結果、小規模校では合計で3万~4万人もの教員が不足している。小規模校の全学年に教員を配置するよう教員配置の原則規定を修正し、教育効率を向上させれば、制度全体での不足数が数千人にまで減少し、教員不足の問題も緩和する。
 タイの教育関連予算の配分形態が、格差の問題を深刻化させている可能性がある。予算配分は生徒の人数に応じて一括して割り当てる形態を採っており、1つの学校が割り当てられる予算は生徒数に比例する。結果、コスト高である上に、地元の人材も不足している農村部の小規模校は予算面で不利であり、助成金では十分補填できない。生徒数が数十人~百人程度の小規模校が毎年割り当てられる予算は数十万バーツに過ぎず、授業の質を向上させるのは困難である。したがって将来の予算配分は、各地域の学校の実情をより多く踏まえた形態を採るよう修正すべきである。
 重要な留意点として、タイは教育全般には多額の予算を投じていても、人材の質の開発に対する予算は不十分である。人材開発に割り当てられる予算の比率が非常に小さい問題は、タイを含む多くの発展途上国で指摘されている。加えて、教育支援を目的とする予算の配分では、就学前教育をもっと重視すべきである。研究によれば、この時期の教育は国の教育成果を定める上で非常に重要だからである。
 教育設備、とりわけICTや先端技術関連の装置が不十分であり、これらの装置を使いこなす上での教員の習熟度も低い。タイの教育関連予算はコンピュータの購入には多額の資金が割り当てられ、近隣諸国よりも多くの台数が配備されている。しかしコンピュータを最も効果的に利用するために重要なのは、インターネットへのアクセスとデジタル形態の教育関連メディアを基礎教育のカリキュラムに組み込んだ授業であり、同時に教員の質を開発し、新しい機器を使いこなせるよう準備態勢を整えなければならない。
 ICILS2013の研究は、タイの教員の大部分はICT機器の利用にあたって、生徒にインターネットから得られた知識をノートさせて教室での作業に用いるよう促すことだと考えており、生徒の関心を教室内での学習から外部に向ける取り組みがなされていないと結論付けた。
 統計データによれば、タイの教員によるICT機器の利用は他国と比較してまだ低水準にとどまっている。ICT機器を日常的に作業に利用している教員の比率は、平均が33%なのに対し、タイの教員は22%に過ぎない。しかも一部のタイの教員はまだハイテク機器の活用が授業の改善に寄与するとは考えていない。
 いずれにせよKKPリサーチは、オンライン・ワールドにある知識へのアクセスがタイの教育格差の縮小に寄与する重要な役割を果たすと見積もっている。
 (2)教育改革の推進に教員の質が追いついておらず、例えば数学や科学(理科)のような主要教科の専門教員が不足している。
 タイの教員に関する問題は多くの次元にわたっている。人数のほかに教員個々の質的側面でも問題を抱えており、特にカリキュラムの理解が不十分だとされている。PISAの成績に関する報告の中でも、教員の資質を調査したところタイでは基準を満たす教員が数学、科学、読解力(国語)のいずれの分野も不足しているという指摘があった。学校の校長のインタビューでは、40%を超える回答者が基準を満たす教員が不足していると回答した。加えて調査結果は、教員不足の問題はタイでは農村部で深刻であることを示している。
 教員の質の問題について、16年のOECDとUNESCOの調査報告は、タイ国内の教員は授業で用いられているカリキュラムに対する理解度に明瞭な問題を抱えており、その結果、カリキュラムの意図に沿った目標の達成が当初から不可能になっていると結論付けている(注1)。
 調査では、タイの教員が過去にカリキュラムの内容に混乱をきたした経験を持っていることが明らかになった。そのため授業が主にカリキュラムの記述の理解を重視する性格となり、学校ごとに異なる教室内の環境に適した授業への応用がなされていない。この問題は中央で作成された試験問題に基づいたタイの教育成果の評価方法に関連する問題へとつながっており、大部分の教員は定められたカリキュラムの内容を終了させるよう、ひたすら授業を進めざるを得なくなっている。こうした問題は、もっと現実を反映させた新しいカリキュラムの作成と合わせて、教員の開発に向けた投資を行なう必要性を暗示している。新しいカリキュラムの作成だけに投資をしても、教員の質の問題から望むべき目的を達成することは不可能だからだ。過去のタイの教員開発に向けた予算は非常に少なく、教育関連予算全体の2%に満たなかった。
 KKPリサーチは、教員の問題は3段階にわたる総合的な問題解決が必要だと見ている。人数不足の問題と合わせて、質の改善にも取り組む必要がある。教員が専門とする学科の授業の質を改善する一方で、能力を有する人物が教員になるようリクルートに取り組み、能力を有する教員がもっと小規模校で教えるよう促す措置を講じなければならない。この時期は、そうした取り組みにとって非常に重要な機会となる。タイでは多数の教員が定年を迎えようとしているため、質のともなった新しい人材を選ぶことができるからだ。
 ①教員と養成カリキュラムの質の開発。
 教員養成に用いるカリキュラムと養成期間、相応しい人物の選抜といった、良い授業を行なうための態勢作りは、教育開発の中でも重要な構成要素の1つである。タイで教員になるためには、学士レベルの学歴が必要であり、5年間の教育学のカリキュラムを修了しなければならない。しかし一部の大学の教育学部に対しては、教育の質に関する多くの問いが投げかけられており、UNESCOの調査報告では改善に向けた提言があった(注2)。
 教員養成を目的とした教育は多くの問題を抱えており、とりわけ入学の難易度は学校間で大きな開きがあり、一部の大学は応募するだけで入学できる。その結果、質の低い教員を多数輩出してしまうという問題が生じている。タイは教員養成機関の質も改善すべきであり、教員となる人物の準備態勢に厳格に取り組ませなければならない。基準を満たさない教員養成機関の数を減らす取り組みは、教員の質の開発に向けて多くの先進国で採られている指針である。
 ②教職に対する関心を寄せる者の数の増加。
 多くの先進国では、民間との競争にたち打ちできる水準の給与設定から取り組みを始めており、教員不足の問題が深刻化した場合には、教職に就く人物を増やすべく月額給与を引き上げることを必要な措置だと考えている。しかしタイの教員の月額給与は平均所得水準と比較しても魅力的ではなく、優秀な人物を多数教職に就かせることはできない。教員の生活水準がさほど良くないことは、多数の教員が債務問題を抱えている状況にも表れている。このほかタイの教員の月額給与は改定のペースがかなり遅い上に、授業の質を反映していない。現在の勤務体系と評価制度は教員が自らの授業の質を向上させようとするモチベーションに寄与しておらず、複雑で柔軟性を欠いた規則・ルールに縛られている公務員の立場が、能力を有する新世代の人材を教職に就くよう促すことを困難にしている。
 ③テストの成績の利用と適切な教育への応用。
 発表されるテストの成績は、教育の質の開発に向けた分析に本格的に利用されてはおらず、主に生徒の選別と学校の評価に利用されるに過ぎない。これは非常に残念なことであり、テストの成績をデータ化すればタイの教育の問題が解決に向けて、どのような取り組みから着手すべきかを徹底分析するのに利用できる。

 (3)教育成果の評価が教員と学校に対して授業の質の開発を促す効果をあげておらず、中央で作成された試験問題は教育の質の測定基準を満たしていない。
 タイの教育成果の評価の問題は、生徒と教員のいずれの側においても教育の質の開発に向けたモチベーションに結びついていない点にある。タイの教育制度におけるモチベーションに向けた促進手段は、学習方法を開発して質をともなわせるという目標とはまだ合致してはおらず、その結果、教員はカリキュラムに即して生徒が発達するよう授業を行なう意欲を持てないでいる。こうした実績は教員の評価に反映されないからである。この問題は教員のみならず学習者の側にも影響を及ぼしている。
 学習者の側では、教育成果の評価は主にONET(全国学力テスト)やGAT(一般分野適性試験)、PAT(専門分野/学術分野適性試験)といった国家レベルの試験に依拠している。
 こうしたタイの生徒に対する教育成果の評価方法は多くの問題を抱えている。特に、中央で作成される国家レベルの試験内容が基準を満たしていない問題と、試験問題を考案する者と教育カリキュラムを策定する責務を負っている者が別の集団に属しているという問題が重大である。質をともなった試験問題には多様な構成内容が必要とされるが、タイの試験問題はその多くを欠いている。
 ①試験問題の質
 タイの教育基準の測定に用いられている試験問題に対しては、質に関する議論が広く生じている。例えばONETの試験問題に対して、多くの項目で誰にも受け入れられる正答が存在せず、各人の見方で異なるケースがあるという疑念が持たれている。他方、生徒の各種側面における技能を測定し、大学入試用の知識レベルの測定に用いられているGATとPATの試験問題に対しては、基準面に問題があるという批判がなされている。平均得点が年ごとに大きく異なっているためで、年ごとに異なる基準で試験問題を作成している可能性がある。
 ②試験問題と教育カリキュラムの関連性
 タイの教育成果を測定するための試験、とりわけGATとPATの試験問題は、学校で用いられている教育カリキュラムとの関連性の面で明瞭な問題が存在する。その結果、これまでの試験では試験問題が難し過ぎ、教室内での授業で学習した内容と合致していない。例えばPAT1の数学の試験では、満点が300点なのに対し、平均点が50点に届かなかった。試験問題が難し過ぎて、カリキュラムではカバーしていない問題が出題されていない事実は非常に重大である。生徒が追加の知識を得る努力をせざるを得なくなっているためで、その結果、学習塾が国内に多数林立するという状況を生んでいる。他方、進学校では、教員がカリキュラムに沿った授業を行なう代わりに、国家レベルの試験の問題と合致した内容を教えるよう対応を強いられている。
 こうした対応がタイの教育格差をさらに拡大させている。農村部の学校や貧困家庭出身の生徒は、現在の選抜制度の下では大学への入学に非常に不利な立場に立たされる。
 ③適切な試験や教育評価の結果の利用
 発表される試験の点数は、教育の質の開発に向けた分析にはほとんど利用されず、主として生徒の選抜と学校の評価のために利用されている。これは非常に残念な状況だといわざるを得ない。得られたデータは、タイの教育問題をどのようにして解決すべきかを含む諸課題の克服に向け、徹底分析を行なうのに利用できるからだ。

*KKPリサーチは、将来における生徒の質の評価に関し、スクール・ベース、スチューデント・セントリック・アセスメントに重点を置く指針を用いるよう変化させなければならないと考える
 まず明瞭なカリキュラムと成果の評価方法を定めることから着手すべきであり、生徒の学習成果を評価する権限は学校に持たせる一方で、適切な追跡、点検の制度を整えることが望ましい。学校には定められた時期に進展状況を報告させる。また自校の目標を定めた上で質の評価を行なわせ、定められた目標にしたがった進展が見られない学校に対しては対策を講じる、あるいは罰則を用意してその後の適切な修正につなげる。
 ポジションの昇進や昇給をともなう教員の評価に関しては、現行制度は授業の質の開発は重視しておらず、学習者の開発に向けた目標も存在しない。教員の月額給与制度にしても、現在最も重視されているのは倫理面や他分野の実践の成果で、その比重は70%に上ることが明らかになった。授業のスキルの比重は30%に過ぎず、学習者の質の向上を重要な業績として評価する部分は存在しない。ポストの昇進に際しても授業のスキルと倫理面の比重がそれぞれ33%と等しく評価されているため、学校の教員は昇給や昇進に結びつかないことから、カリキュラムにしたがって定められている目標を達成できるだけの知識を生徒に付与するような授業を行なうモチベーションを持てないでいる。このため我々は、教員が学習者を真に成長させるための授業よりも、様々な作品の制作や学校外の行事への参加を重視する姿を頻繁に目にすることになる。加えてタイの教員は学校における他の業務処理にも駆り出されている。業務日に3時間以上、約半分の勤務時間を、例えば外部機関に提出する報告書の作成や他校で行なわれる各種行事の出席といった、教室外での業務の処理に充てているため、十分な授業の準備ができない状況にある。地方県の学校では教員の負担がさらに重いため、教室での授業に十分関心を払うことができない。
 カリキュラムの構成と学習時間の配分の見直しも必要だ。タイの教育カリキュラムは、内容と適用の両次元にわたって修正を施す必要がある。見受けられる状況の一つは、タイでは学校での学習時間が全体として多くの発展途上国よりも多いが、教育の質の向上に結びついていない。しかし数学(算数)や科学(理科)といった主要教科の学習時間は多くの近隣諸国と同等または下回っており、これが国際的なテストでタイの生徒の得点が諸外国よりも低い一因である可能性がある。
 さらに重大な問題は、現在のタイのカリキュラム作成に関する原則が時代遅れだという点であり、現在そして将来の世界に必要とされる金融リテラシーやアントレプレナーシップ(起業家精神)、デジタル技術や生成AIの利用など、新しい分野の技能を学習する機会が設けられていない。現状はコンテンツ・ベースであり、中央が収集した内容が重視されている結果、生じている問題としてタイの学校教員の多くはなお記憶重視の教授方法を採り続けており、生徒が理性的な思考と分析を行ない、追加の知識を自ら探し出すことができるよう刺激していない。だが現代世界はこうした技能、能力を必要としている。
 タイの教育の質に関する様々な問題が多くの次元で発生しているが、それらはタイの教員の質と教育カリキュラムの問題から生じており、成果の評価も望ましい目標を踏まえてはいない。このためタイは主に次の4つの問題を早急に解決する必要がある。
 ①カリキュラムの内容が不明瞭であり、特に教員が定められているカリキュラムの目的に沿って目標を達成するために採るべき手段がはっきりしていない。結果、教員が行なう授業の質が一定せず、それぞれに異なる指針に基づいて授業が進められている。
 ②タイの教職員は、中央で定められているカリキュラムの目標を達成する授業を行なえるようにするために、追加の質的開発または研修を求めている。しかしこの部分の予算は限定的であり、あまり重視されていない。
 ③カリキュラムが定めているところに即して授業を適切に進めているかどうかといった教育の質を追跡、評価する制度は問題を抱えたままであり、改善を必要としている。
 ④タイは早急に教育カリキュラムの見直しに取り組み、世界の変化に対応できる技能を生徒に持たせるための修正を行なわなければならない。

*求める技能と合致しない人材育成を行なう高等教育により、低スキルの業務に従事しなければならない学士課程修了者が増えている
 基礎教育以外にタイの高等教育、すなわち大学レベルの教育と職業教育もスキルのミスマッチ、市場のニーズと合致しない人材育成の問題を抱えており、結果、労働市場では需要と供給のバランス欠如が生じている。これも将来的に一部の事業部門に成長の制約をもたらす要因となる。
 タイでは労働力不足の問題が多くの側面で生じているが、うち教育に関する側面では労働者の質のミスマッチが問題とされている。レイバー・フォース・サーベイのデータからは、学歴別に就労先を見た場合に、低スキルまたは中間的なスキルしか必要としない職種に就労する学士課程修了者が増加を続けていることがわかる。これらの労働者は本来の能力よりも低いスキルをもって作業を行なっており、こうしたオーバー・クオリファイの労働者が全体の34%に達している。他方、アンダー・クオリファイの問題を抱える労働者は約7.8%に過ぎない。こうした状況は、タイの労働市場は学士課程就労者よりも職業高校(ポーウォーチョー)のような職業教育課程を修了した労働者を求めていることを意味する。タイ中央銀行の調査によれば、労働市場では必要とされる労働者の51%が職業高校卒以下である一方で、学士課程卒以上の労働者に対する需要は全体の15%に過ぎない。しかし新卒者で最も多いのは学士課程修了者で、全体の約60%を占める(注1)。
 職種の側面では、タイの労働市場では一部の職種で労働者不足の問題に直面している。タイの労働市場におけるアンバランスさの度合いを計測する変数を作成する目的で行なわれたOECDの調査からは、タイで最も不足している職種は専門職(Professions)、事務サポート(Clerical support)、一般の技能労働者(Craft and related trade wokers)で、多くは医療/健康や法律などの分野の専門職であることが明らかになった。他方、数が過剰気味なのは農林水産業に従事する労働者や小売業など一部のサービス業に従事する労働者だった。業種別では、労働者不足が生じているのは教育、医療/健康、運輸、製造業とされた。職種別の労働者不足の状況は、タイでは例えば数学的または論理的な思考、あるいはプログラムの作成に必要なスキルといった一部の作業スキルを有する労働者が不足していることを示している。最も不足している専門知識は、コンピュータ・電子、事務知識(Clerical knowledge)、顧客及びパーソナル・サービスといった分野の知識である。
 タイの教育の問題は、開発の遅れと大きな格差に要約できる。経済の成長力が低下しつつあり、必要とされる労働者のスキルも大きく変化している中にあって、教育が果たすべき重要な役割の1つは新たな産業のニーズと合致した質のともなった労働者の育成である。
 しかしタイの場合、理数学系よりも社会学系の学部の方が人気があり、大部分が社会学系の学部に進学している。科学・技術・工学・数学(STEM)系の課程を修了する大卒者の比率は約27%とかなり低い。人口100万人あたりの研究者の数も、タイは約2000人と非常に少なく、先進国や新興経済国/地域(NIES)を大きく下回っている。
 したがって政府は、経済発展の方向性に見合った教育が行なわれるよう取り組む必要がある。明瞭な事例として、タイではエンジニアとなる人材が不足しているが、例えば電子製品のようなハイテク製品の生産をリードする国への進化を望むのであれば、この分野の人材育成に注力しなければならない。

 *タイは変化しつつある世界のトレンドからの圧力に直面している
 将来に向けて変化していく経済構造は労働市場にも影響を及ぼしており、必要とされる労働者のスキルが変化しつつある。このため迅速な教育開発の必要性が高まっている。現在のタイはタイランド4.0を目標に工業開発を進めているが、STEM教育を受ける学生の数は少なく、研究論文の発表も盛んでなく、先進国に大きく遅れをとっている。
 したがって賃金の上昇に比例した企業と労働者の生産性向上がなければ、雇用に及ぼす影響が深刻化する。特に自動化により容易に代替が可能なロースキルの労働者と就労経験のない新卒の労働者は、就労機会が減少し続ける可能性がある。
 KKPリサーチは、タイの労働市場と労働者の賃金が大きな課題に直面しつつあり、本腰を入れた経済改革の取り組みがなければ従来よりも状況の改善が困難になると見積もっている。経済構造の変化への対応は避けられない課題であり、労働市場に長期にわたり大きな影響を及ぼす可能性がある。
 賃上げ政策の実施に影響しそうな重要な変化の見通しは、少なくとも次の5点がある。
 (1)労働市場のニーズと合致しないスキルを持つ労働者の増加
 この問題は多くの原因から生じる。特に重大なのは、将来の経済成長を支援する学問分野とは一致しない教育を受けた労働者が増える見通しにあることだ。タイでは工学部や理学部を開設している高等教育機関はまだ少ないが、先端技術の利用が増える方向に変化している世界の中で経済成長のポテンシャルを向上させるために、これらの学部の重要性は高まる一方である。明瞭な例として、米国ではエレクトロニクスやAI関連企業の株価が上昇している。タイでは半導体のようなハイテク製品の生産、あるいは法律関連サービスのような高付加価値のサービスを提供できるエンジニアやデジタル分野の人材が足りない。教育の質に問題を抱えており、まだ外国の人材の就労に対して十分開放されていないため、世界の変化のトレンドから機会を掴むことができない。
 (2)労働力の代替となる技術面の変化(自動化)
 こうした技術面の変化から、従来型の業務に従事する労働者は駆逐されるリスクがある。特にルーチンワークの労働者は機械に代替されるリスクが大きい。商店内で商品の販売を補助している従業員やレジ担当、飲食店の接客担当や調理補助、工場内労働者といった、タイの労働市場の大部分を占める労働者がこれには含まれる。工場や店でのロボットの使用は、その価格低下にともない世界中で拡大している。しかしこうした変化が雇用全体の収縮を意味するわけではなく、新たな形態の雇用へと雇用形態を変化させる可能性がある。いずれにせよ従来とは異なるスキルが必要になるだろう。
 (3)高齢社会への移行
 タイはアセアンでも社会の高齢化が最も早い国の1つであり、労働市場に次のような影響を及ぼす見通しにある。人口構成の変化により、消費のトレンドも変化していく。例えばウェルネス・サービスのような高齢者向けサービスに対する需要が拡大する見通しにあるため、医療関連人材のニーズが高まる。タイはこの分野で労働力不足の問題を抱えている。高齢の労働者が増えることで、将来の業務形態に適した経験を有する労働者の不足が生じる可能性がある。減少する国内の労働力を補填するために、外国から多くの労働者を導入せざるを得なくなる。その多くはスキルと生産性が低い労働者となる。
 (4)脱グローバリゼーションと外国に依存する経済
 タイは貿易や外国からの投資、労働者の誘致を通じて外国と深く結びついた経済構造を持っている。外国との連結強化は、技術と労働者の技能開発を推進し、諸外国と同じ水準にまで引き上げるための戦略でもある。これを反映し、物品輸出に関係する経済部門で就労している労働者は就労者全体の16%を占めている。しかしコロナ禍に続く地政学的な対立の激化がそうした戦略に長期的な変化をもたらす可能性がある。特に生産拠点の自国への回帰や国際政治関連のリスクが低い国への移転といったトレンドが見られつつある。加えて製造業ではリードタイム短縮の取り組みが広がっており、これらがタイの経済と労働市場に大きな影響を及ぼす見通しにある。
 (5)競争相手国における労働者の質の向上
 もう1つの重要な変化は近隣諸国の教育と労働者の質の開発であり、タイの労働者は競争が困難になっている。現在はアセアンではベトナムとインドネシアへの外国からの直接投資(FDI)が増える傾向にあるが、それは多くの要因による。例えばタイと異なり人口増により市場が拡大を続けている。政府の管理能力の向上、汚職の減少に加え労働生産性も向上し、タイの労働者と近似した水準にある。競争相手の魅力の向上により、タイのFDI誘致は困難になるばかりである。
 こうした変化はいずれもタイの労働市場に長期間にわたり影響を及ぼし続け、タイの労働者の潜在能力と生産性を低下させる可能性がある。スキル・ミスマッチの問題も深刻化する見通しにある。そのため労働市場の問題の持続的な解決はサプライ・サイドから取り組まなければならないことがさらに強調される結果となった。変化していく世界を視野に入れ、その流れと合致するよう労働者の質と技能面の準備態勢を強化する必要性が大いにある。
 KKPリサーチは一方で、こうした変化はタイが教育改革に取り組むべき至急の必要性も浮き立たせていると考える。教育は変化する産業のニーズを踏まえて労働者の準備態勢を整えていく上で重要な役割を果たし、長期的な競争力を定める重要な要因の1つである。したがって教育改革は、将来の世界の舞台で戦うための能力を養う最も重要な取り組みだと見ていい。

 *教育が長期的な経済ポテンシャルの向上に寄与できるようにするにはどうすべきか
 これら全ての問題から、タイの教育の問題は教育関連予算が少な過ぎることから生じているのではなく、教員とカリキュラムの質、教育の質的開発とは一致しない教員と生徒のモチベーションといった構造的な深い問題が原因であることが明らかになった。その結果、授業が定められた目標を達成できず、必要とされる分析と創造の技能を学習者にもたらしていない。教育の質的開発を制度的に進めるために、過去の試験で得られたデータを研究に利用するような取り組みもなされていない。教員は他の業務に過剰な負担を強いられており、農村部の遠隔地の学校は教室あたりの教員不足の問題を抱えている。とりわけ世界が過去とは異なる労働者の技能を必要とするようになっている現在でもなお、教育改革を、本腰を入れて取り組むべき国家的な課題として認識していない政府の問題もある。
 KKPリサーチはこうした問題がまず至急に解決されなければならないと考えており、その後に幼児教育から生涯学習までカバーする大規模な国のカリキュラムと教育制度の改革に取り組むべきだろう。その取り組みは次の5点が重要になる。
 ①短期的には、小規模校を不利な立場に立たせる結果をもたらしている予算配分の問題を解決する。長期的には、権限分散を進めるとともに、明瞭な目標を設定することにより、地域ごとの文脈にしたがって小規模校の教育効率の向上に取り組む。生徒数の全国的な減少にともない、学校の統廃合も検討する。加えて、就学前教育をもっと重視した予算配分も検討すべきである。
 ②必要とされる教育の効果を向上させるためのカリキュラムの質の修正と並行して、教員と生徒のモチベーションに向けた制度的な修正を図る。授業の質の向上を最も重視して、モチベーションを生み出すメカニズムをデザインする。教員と教育管理者の昇進に向けた業績の評価は、生徒の教育成果に依拠しなければならない。
 ③全国の教育要員の質を向上させるために、選抜制度を修正するとともに、基準に満たない人材の再研修を用意する。
 ④カリキュラムの目標と教授法を明記するよう、授業カリキュラムの修正に取り組む。暗記よりも分析的な思考を生み出すことを重視した教授法と成果の測定が可能な、目標の設定をともなう明瞭なカリキュラムを定めることで、教員と学習者の目標達成を刺激する力がもたらされる。
 ⑤生涯学習を促進する。現代の学習は教室だけでは終わらず、政府は労働者に新しい技能の習得(リスキル)を促すために生涯学習政策を推進することを検討しなければならない。特にタイは労働者の高齢化が進んでいるが、新たな時代のスキルを持っていない者が多い。このほか政府は、ナショナル・イノベーション・システムの構築に向け、国のターゲット産業が求める分野であるSTEMなどの課程への進学と研究を促進するメカニズムをつくるべきだろう。
 KKPリサーチは、タイの経済問題についてサプライ・サイドからの解決を重視すべきだと考えている。短期的な消費の刺激や資金の給付だけに取り組んでいてはならない。タイ経済は重大な岐路に差し掛かっており、構造的な問題が深刻化している。家計債務残高は過去最高の水準にある。タイ経済の成長は鈍化し続ける見通しにある。政府は、長期的な経済問題の解決に向けた計画の策定を避けていてはならない。経済問題の持続的な解決の道を開くべきであり、重要な取り組みの1つが全てのレベルで教育の質を開発することだ。教育を、タイ経済を駆動させ、前進を続けさせる主要な牽引車にしなければならない。
 (注1/OECD/UNESC[2016], Education in Thailand: An OECD-UNESCO Perspective, Reviews of National Policies for Education, OECD Publishing, Paris)

 (注2/Secondary Teacher Policy Research in Asia: Secondary Teachers in Thailand. Bangkok: UNESCO Bangkok, 2011)

 (注3/タイ中央銀行のサオワニー・チャンタポン、カンチャニット・ルートピアンタム著、「スキル・ミスマッチの罠とエデュケーション4.0への課題」より)

(おわり)

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