2026年8月11日(水)号

財政局がデータ主導で財政改革=投資30%・潜在成長3%超へ

 財政局(FPO)は、データを活用した財政政策を強化し、経済の潜在成長率を3%超へ引き上げる。投資支出をGDP比30%近くまで高めるほか、国の競争力を世界上位20位以内へ引き上げる目標も掲げる。また、マクロ経済の平均値だけでは国民の実生活を十分に捉えられないとの認識から、低所得層や脆弱層を細かく分析し、対象や地域ごとに支援内容を変える「精密政策」を導入する。新規投資ではAI・デジタル、グリーン経済、金融、医療などを重点分野とし、民間投資や外国直接投資(FDI)を呼び込む。
 ウィニット・ウィセートスワンナプーム局長は8月7日、都内のプルマン・キングパワー・ホテルで開かれたシンポジウム「FPO’s New Horizons: Data in Depth, Reshape Fiscal Policy(データ…あなたが考える以上のもの)」[=写真]で、財政政策の新たな方向性について説明した。


 午後の部では、エークニティ・ニティタンプラパート副首相兼財務相への特別インタビュー「財政政策の新たな地平:国民に機会を生み、経済の抵抗力を強化する」と、官民の有識者によるパネル討論「ビジョンから…経済の抵抗力を築く使命へ」を実施した。エークニティ副首相は「Young Fiscal Policy Designer 2026」の表彰も行なった。
 今年のシンポジウムは、10月12~18日に予定されるIMF・世銀年次総会へ向け、データを使った公共政策のあり方を検討する機会にもなった。
◆潜在成長3%超、投資30%目標
 エークニティ副首相は、タイ経済の基盤を強化し、潜在力を引き上げるため、3つの主要目標を掲げた。第1は潜在成長率を3%超へ高めること、第2は国の競争力を世界上位20位以内へ引き上げること、第3は国内総投資をGDP比30%近くまで高めること。
 近年のタイ経済は、国内購買力の回復の遅れや輸出競争の激化、世界経済の構造変化への対応など、多くの制約に直面している。年間3%を超える成長を実現するには新たな成長エンジンが必要となり、その中心の一つが投資となる。
 国内総投資の比率は現在、GDP比20%台にとどまる。政府は2029年までに30%近くへ高める方針だが、そのためには、政府投資だけでなく、民間投資やFDIを大幅に増やす必要がある。重要になるのは追加資金をどこから確保するかだけではなく、民間企業が投資を決断できる環境をつくることになる。政府は大規模インフラ、デジタルシステム、クリーンエネルギー、新産業向けインフラを発展させ、民間投資を呼び込む役割を担う。新産業への投資を呼び込む際には、技術移転を進め、タイ企業が国内サプライチェーンへ参入できる能力を高める。投資額だけを増やすのではなく、国内企業や労働者への波及効果を高める考え。
 財政政策を運営する原則には「5T」を掲げる。第1のTargetは、政府予算を支援が必要な対象層へ的確に配分すること。第2のTransitionは、エネルギー分野でクリーンエネルギーへの転換を加速し、グリーン経済へ移行すること。第3のTransformationでは、インフラ投資、人材開発、規制改革を加速する。
 第4のTransparencyでは、デジタル技術を使って政府情報や予算支出を公開し、透明性を高めて検証できる仕組みにする。第5のTogetherでは、政府、民間部門、金融機関、学術界が連携する。官民連携(PPP)やインフラファンドを活用し、民間部門が経済成長を牽引できる環境をつくる。
◆投資拠点化へ5つの重点戦略
 政府は競争力向上と経済構造の転換に向け、「国の新たな投資」の枠組みを進める準備をしている。エークニティ副首相は、世界経済が地政学的対立、デジタル経済への移行、AIの急速な発展、人口の高齢化、グリーン経済への転換など、大きな変化に直面していると指摘した。各国が投資誘致を競い、サプライチェーンの再編が進むなか、タイも構造改革を急ぐ必要があるとした。
 国の新規投資開発小委員会は、新たな経済を生み出す投資奨励策の検討、インフラ開発、投資にあたっての障害の解消、各措置の進捗確認を担う。経済問題解決のための官民合同委員会の主要目標として、潜在力を持つ重点産業を支援して経済成長率を3%超へ高めること、競争力を世界上位20位以内へ引き上げること、官民双方の投資を増やして国内総投資をGDP比30%近くへ高めることを掲げる。
 重点産業には、近代農業、加工食品、高度技術、次世代モビリティ・自動車、健康・医療、観光、クリエイティブ経済、商業などを挙げ、2037年までの高所得国入りを目指す。
 「国の新規投資」では5つの主要戦略を定めた。第1は「投資・産業転換ハブ(Investment and Industry Transformation Hub)」で、既存産業を高度化し、新産業の基盤をつくる。許認可の手続きや所要時間を短縮する「タイランド・ファストパス」を導入し、電力、水、投資用地などのインフラを発展させる。「スキルブリッジ」事業を通じて労働者の技能向上も図る。
 対象分野にはクリーンエネルギー・グリーン産業、EV、半導体・先端電子、デジタル・AI、自動化・ロボット、医療、未来食品などを挙げる。タイ企業の世界的なサプライチェーンへの参入も支援し、国内原材料・部品の利用比率を高める。低利融資、税制措置、政府調達など財政・金融面の手段も使い、国内企業の能力向上を図る。
 第2は「AI・デジタルハブ(AI & Digital Hub)」で、AI、半導体、半導体設計への投資を呼び込み、タイをAI分野の地域拠点に高める。2027年までに同分野で1000億バーツの投資誘致を目指し、AI経済が生み出す付加価値をGDP比5%まで高める。インフラ、データ、人材、研究開発、知的財産を含むAIエコシステムも発展させ、企業、重点産業、政府部門でAIの実用化を広げる。
 第3は「グリーン経済ハブ(Green Hub)」で、クリーンエネルギー投資を呼び込み、スマートグリッド、EV向けインフラ、グリーン交通システムを発展させる。温室効果ガス会計制度、炭素市場、排出量取引制度、グリーン金融の仕組みも発展させ、持続可能性を重視する世界市場でタイ企業が競争できる環境をつくる。
 第4は「金融サービスハブ(Financial Hub)」で、タイの金融システムを将来投資の資金供給に活用し、銀行、資本市場、保険、資産管理を含む地域の金融サービス拠点を目指す。イノベーション型企業やスタートアップ、世界市場への成長力を持つタイ企業を支える資本市場の役割も高め、資金調達の機会を広げる。
 第5は「医療投資ハブ(Medical Investment Hub)」で、タイを地域の高付加価値医療製品の生産拠点、医療イノベーションハブへ引き上げる。研究開発、医薬品製造、医療機器、高付加価値ヘルスケア製品を含む医療エコシステムを構築し、タイ企業を世界の医療サプライチェーンへ結びつける。
 エークニティ副首相は、5戦略について、緊急の制約を解消する短期措置と、規制、インフラ、投資環境を改善する構造的措置を組み合わせて実行すると説明した。担当機関、期間、指標を明確に定め、投資額、経済成長、雇用、タイ企業の高度化、世界的なサプライチェーンとの連携などを確認する。
◆データ連携で個別支援へ
 パネル討論には、サンティターン・サティアンタイ財務大臣補佐官、パヨン・シーワニット・クルンタイ銀行頭取、ウィトゥーン・スリヤワナクン・サイアム・グローバルハウスCEO、ウィニットFPO局長が参加した。
 サンティターン財務大臣補佐官は、世界経済が安全保障と安定をより重視する方向へ変化していると指摘した。タイの既存の成長エンジンには制約があるため、現在の世界の潮流に対応した新産業(S字カーブ)を生み出す必要があるとした。政策運営では、「今日を支える(Stabilize Today)」「今、移行する(Transition Now)」「明日のために投資する(Invest for Tomorrow)」の3段階を重視する考えを示した。
 パヨン氏は、データを使ってデジタル経済や社会支援を高度化する際の課題として、各機関でデータの定義が一致していないこと、個人情報保護法(PDPA)上の制約、国民による同意の扱いが十分に考慮されていないことを挙げた。「Connect the Dots」の考え方に基づき、「パオタン」アプリ、「トゥン・グン」アプリ、ブロックチェーンなどのデジタルインフラを結びつけ、国民の人生の各段階に応じて福祉を的確に配分する「個別化福祉」の実現を提案した。
 ウィトゥーン氏は、従来型の建設資材販売から近代的小売へ事業を転換した経験を紹介した。消費者行動の変化を分析し、デジタルツールを事業管理、特に人材管理へ導入したほか、顧客の利便性を高めるためドライブスルー方式も採用した。店舗網は国内98店舗、海外42店舗まで拡大した。持続的に成長するには、企業自身が社内基盤を強化する必要があると指摘した。
 ウィニット局長は、データ主導型の政策へ転換する背景として、マクロ経済指標と国民の生活実感の間に隔たりがあると説明した。経済報告ではGDPが成長し、インフレ率も低いと示されても、多くの国民が生活の苦しさや高い生活費を感じている。経済の平均値を見るだけでは、個々の国民が抱える問題へ十分に対応できないため、データをさらに細かく分析する必要があるとした。
 経済指標の算出方法やGDPに関する変数についても、実際の経済状況をより正確に反映できるようモデルの改善が必要との考えを示した。エネルギー危機や、財政収支と経常収支が同時に赤字となる「双子の赤字」への懸念、財政余力の制約もある。限られた予算を広く一律に配るのではなく、費用対効果を重視し、実際に困難を抱える層へ重点的に配分する必要がある。
 財政局は、国家福祉カードなどを通じて国民データの活用を進めてきた。事業の試行やデータシステムの開発過程では問題や疑問も生じ、各方面から批判を受けたが、ウィニット局長は、国のデータベースをより完全なものへ発展させ、将来の構造的な政策に使える状態にするための学習機会になったと説明した。
 今後はデータを使い、国民を脆弱性や制約の程度に応じて分類する。医療現場で患者を「緑・黄・赤」に分ける考え方を応用し、対象層、問題、地域に応じた措置を設計する「Tailor-made/Precision Policy」を実施する。財政政策は経済成長率を高めるだけでなく、その恩恵を幅広い国民層へ届ける必要があるとの認識を示した。
◆民間、投資には「信頼」重視
 投資比率をGDP比30%近くへ高める政府目標について、レストラン事業者クラブ会長でタイ・ホステル協会名誉顧問のソラテープ・スティーブ氏は、年間3%の経済成長は難しい課題だが、政府が投資家や事業者からの「信頼」を確保できれば実現の可能性はあるとの見方を示した。
 企業が必要としているのは短期的な景気刺激策だけではなく、将来への信頼だ。顧客を確保でき、経済が安定すると判断できれば、企業は投資や事業拡大、雇用の増加に踏み切りやすくなる。国民所得や購買力の上昇にもつながり、経済全体で資金循環が広がるとした。
 政府が重視すべき項目には5点を挙げた。第1は観光や物流能力を高めるインフラ投資の加速、第2は電気料金、エネルギー費、各種手数料、金融費用など事業費用の引き下げ、第3は中小企業(SME)の資金調達支援。第4は短期的な資金給付だけに頼らず、所得や購買力を継続的に高める措置を講じること、第5は経済政策の方向性を明確にし、頻繁な変更を避けることとした。
 レストラン産業は観光、農業、生産、輸送、多数の雇用と結び付いているため、経済成長や観光業の回復、購買力の改善による恩恵を早く受けやすい分野の一つと指摘した。
 ソラテープ氏は国家予算の構造改革も必要と指摘した。年間予算の約30%が公務員給与に充てられ、公務員向け各種福祉などを加えると70%超が固定的な支出に使われているとの見方を示した。国の発展に向けた投資へ回せる資金は10~15%程度しか残らず、政府投資によってGDPを押し上げる余地が限られているとした。
◆BBL、投資の「質」も重要
 バンコク銀行(BBL)の経済分析部門「BBLリサーチ」は、投資比率をGDP比30%へ高める場合、投資資金が生産性の向上、技術開発、競争力の向上につながる分野へ向かえば、潜在成長力を高められるとの見方を示した。民間企業の投資判断では、税制優遇だけでは不十分と指摘した。政策の継続性、投資しやすい規制、十分なインフラ、技能を持つ労働者なども重要となり、こうした条件が投資家の信頼や継続的な投資につながるとした。
 FDIについても、国内原材料・部品の利用比率を高め、技術移転や労働者の技能開発を組み合わせて国内企業との結び付きを強めれば、タイ経済への恩恵を拡大できる。今後は、国の新規投資開発小委員会などの作業の進展、民間投資やFDIを実際の投資につなげる能力、国内調達、技術移転、人材育成を通じて外資とタイ企業を結び付けられるかが焦点となる。
 政府、民間、金融機関の見方に共通するのは、GDP比30%という投資目標が単なる投資額の増加では達成できない点だ。投資家の信頼を築き、企業が投資しやすい環境をつくり、投入した資金を生産性、技術、雇用、国内企業の成長へ結びつける必要がある。
 FPOは今後、データ主導型財政政策をさらに高度化し、対象層をより正確に把握する。政策の精度を高めながら、投資による成長と国民一人ひとりへの支援を結び付ける財政運営を目指す。

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