2026年5月29日(金)号

SCB・EICが成長率見通しを上方修正=財政支援で下支えも中東リスク警戒

 サイアム商業銀行(SCB)のシンクタンク、SCBエコノミック・インテリジェント・センター(SCB・EIC)は、今年第1四半期(1~3月)のタイ経済が大きな伸びを見せたことや、政府の経済対策による下支えがあることを背景に、今年通年のタイ経済の成長率見通しを1.7%へ上方修正した。しかしながら、経済成長は依然として一部業種、特にテクノロジー関連分野に集中しており、景気の回復基調は脆弱で、中東情勢リスクの影響は強まっていると分析した。
 今年4月の一般インフレ率は2.9%へ加速し、約3年ぶりの高い水準となった。国内の燃料価格が上昇したためで、消費者へのコスト転嫁、特に調理済み食品の価格上昇の動きも見え始めている。一方で、生産者物価は9.1%と大幅に上昇した。この差は、事業者が上昇したコストを自ら負担していることを示している。今後、消費者物価へのコスト転嫁は徐々に進むと予想されるが、経済成長が依然として低い状況下では価格転嫁できる範囲も限られ、企業の収益力、特に中小企業の収益を圧迫することになる。
 企業活動も悪化している。今年最初の4か月間では、新規法人登記数が減少する一方、廃業企業数が増加した。企業と消費者の信頼感は3月以降、大幅な低下が続いている。
 外国人観光客数は4月に前月比7%減となり、5月最初の17日間でも3%減少した。
 全体の輸出データを見ると、3月は18.7%の大幅な伸びを記録したものの、電子製品関連に集中しており、中東市場向けは57.1%減と大幅に縮小した。一方で輸入が35.7%と急増したため、今年第1四半期の貿易収支は赤字となった。
 SCB・EICは、今年通年のタイ経済成長率見通しを1.7%(従来予測は1.4%)へ引き上げたが、その成長はAIやデジタル化の流れから恩恵を受ける分野に集中している。今回の上方修正における主なポイントは以下の通り。
 4000億バーツ規模の緊急勅令に基づく借入金が、今年の経済を約0.6ポイント下支えすると予測される。今年中に2740億バーツの資金が経済システムへ投入されるとの仮定に基づくもので、内訳は、支援計画(タイチュアイタイ・プラスなど)に1980億バーツが充てられ、6月以降の短期的な生活費負担を軽減すると見込んだ。また、クリーンエネルギーへの移行計画に約760億バーツが充てられ、下半期には経済システム内への資金流入が本格化すると見積もった。
 輸出と投資は第1四半期の堅調な勢いに乗って拡大する傾向にあるとみた。BOIによる投資認可額は、特にAIやデータセンター関連を中心に、引き続き高水準を維持する見通しだ。輸入額は今後も大幅に増加する傾向にある。これは、輸入価格の上昇、特に世界的な原油価格高騰の影響を一部反映している。
 観光面では、通年の外国人観光客数予測を3170万人(従来予測は3320万人)へ下方修正した。運航便数の減少や航空券価格の高騰、さらに安全面への懸念や購買力の弱さに起因する観光客の信頼感低下によるものとしている。
 なお、今年の経済成長率の予測値1.7%は、2025年の2.4%、2024年の2.9%から大きく減速することになり、もともと存在していた経済の脆弱性と、中東情勢による追加的な下押し圧力を反映している。今年通年平均の一般インフレ率については、前年のマイナス0.1%から、今年は目標枠を超える3.6%へ加速する見通しで、生産コスト上昇に影響を及ぼす中東戦争による圧力を反映している。
 SCB・EICは、金融政策委員会(MPC)が政策金利を年内を通じて年1%に据え置く可能性が高いとみている。中東での戦争が長期化する見通しであることから、一般インフレ率は今年残り期間を通じて目標枠を上回り続けると予想される。一方で、戦争による影響を軽減するために相次いで打ち出されている財政政策が、国内需要を一定程度下支えする役割を果たす。そのため、MPCが経済をさらに支えるために政策金利を引き下げる必要性は低下している。特に、金融政策の対応余地が限られている状況では、その傾向が一段と強まる。今後は、経済への影響に対処するうえで、個人債務者への支援策や中小企業の資金調達へのアクセスを助ける施策が、より重要な役割を果たすことになると予想している。
 SCB・EICは、今年の世界経済の成長率見通しを2.5%に据え置いた。第1四半期は、AI投資の流れによって主要経済国の大部分が好調な伸びをみせた一方、中東戦争による影響はまだ全面的には表れていない。先行きについては、戦争長期化に伴い世界経済は減速する見通しだ。戦争長期化はエネルギー価格を長期間にわたり高水準で推移させ、製造部門や消費者の購買力を圧迫することになる。特にユーロ圏と日本はエネルギー輸入依存度が高いため、大きな影響を受けるとみている。一方、米国経済はAI投資による下支えや労働市場の安定性改善を追い風に、引き続き好調な伸びを維持する見通しだ。中国経済は、製品製造や輸出、特にバッテリーやソーラーパネルといった代替エネルギー関連製品の需要増によって、継続的に成長するとの見通しを示した。
 世界の主要中央銀行は戦争の推移を見極める姿勢を取っており、今年はこれ以上の金融緩和を行なえない可能性がある。米連邦準備制度理事会(FRB)は、インフレリスクの高まりと労働市場の改善傾向を背景に、政策金利を年内を通じて年3.5〜3.75%に据え置く可能性が高い(従来予測は1回の利下げ)。欧州中央銀行(ECB)は、期待インフレ率を抑制するために1回の利上げを行ない、年2.25%へ引き上げる見通し(従来予測は金利据え置き)。ただし、経済が依然として脆弱なことから、ECBが大幅な利上げを行なうことは難しいとみられる。日銀は、戦争の影響によるさらなる経済減速リスクを重視し、今年は1回の利上げを行ない年1.0%へ引き上げる見通しだ(従来予測は2回の利上げ)。世界の金融環境は全体として引き締め方向へ向かう見通しで、戦争長期化が世界的な国債利回りを大幅に押し上げる要因になるとみている。
 今年通年の経済成長率見通しの上方修正は、構造的な成長要因による回復というよりも、経済を下支えする財政政策の重要な役割を反映したものだ。そのため、タイ経済は今年残り期間も、外部リスク、特に戦争やエネルギー価格、各種原材料コスト上昇に対して、脆弱な状態が続くことになる。

工業生産指数=4月は0.36%低下

 工業経済事務局(OIE)は5月28日、4月の工業生産指数(MPI)が92.76ポイントとなり、前年同月比0.36%減となったと発表した。中東情勢による圧力、外国人観光客数の減少、高水準が続く家計債務が影響した。一方、政府の対策や工業製品輸出の継続的な拡大が工業部門を下支えした。OIEは、2026年のMPIと工業部門のGDPについて、従来予測を下方修正したものの、1.0~2.0%成長を見込んでいる。
 スパキット・ブンシリ事務局長によると、4月の設備稼働率は56.41%だった。中東で続く紛争が世界経済やタイの工業部門への圧力となり、生産コストや事業者の収益に影響を及ぼしたことが、生産指数を押し下げた。原油価格上昇や世界経済減速を背景に、外国人観光客数も再び減少した。これに伴い、牛乳、ポテトチップス、ハム、ソーセージなど観光需要と関連が深い産業に影響が広がった。さらに、GDP比86.7%に達する高水準の家計債務が、国内の購買力への圧力となり続けている。


 一方で、政府による景気下支え策はプラス材料となった。運輸部門に対する燃料費支援や電力料金の据え置き策が、家計の負担や企業のコスト軽減につながった。
 工業製品輸出も引き続き堅調だった。4月の工業製品の輸出額は259億3700万㌦となり、前年同月比27.5%増加した。金、武器を除く工業製品の輸出額は244億400万㌦で、同29.0%増となり、22か月連続で拡大した。
 ムーディーズによるタイのソブリン格付の見通し引き上げも、投資家心理を支える要因となった。タイ経済の安定性を反映したもので、投資環境や企業部門への信頼感向上につながった。
 OIEによる工業経済早期警戒システムでは、2026年5月について国内外ともに「警戒シグナル」が示された。国内では、石油化学・プラスチック業界で原材料への懸念から信頼感が低下した。国外要因でも、戦争の影響による生産・輸送コストの上昇を背景に「警戒シグナル」が示された。
 スパキット事務局長によると、OIEは2026年のMPIと工業部門のGDP予測を、従来の1.5~2.5%成長から1.0~2.0%成長へ引き下げた。地政学問題の長期化、米国の経済政策や輸入関税措置の不透明感、家計債務問題、消費の回復遅れ、輸入品との競争拡大など、引き続き注視が必要な圧力要因が存在すると説明した。
 その一方で、主要貿易相手国との貿易拡大に加え、景気刺激策や政府予算の執行加速策が下支え要因となり、タイ工業部門を支えるとみている。
 4月の工業生産指数にプラス要因となった主要産業では、基礎化学品が前年同月比19.53%増加した。一部メーカーによる生産能力拡張に加え、原油価格の上昇を受け、ガソホールの原料として使用されるエタノールの生産が増加した。
 砂糖は前年同月比16.54%増加した。粗糖、糖蜜、精製白糖が伸びた。基礎鉄鋼は前年同月比11.06%増加した。鋼管、線材、異形棒鋼、熱延鋼板が増加し、前年の比較基準が低かったことに加え、包装材産業や自動車産業など関連産業で需要が拡大した。
 一方、マイナス要因となった主要産業では、その他汎用機械が前年同月比12.86%減少した。主力のエアコンで、貿易相手国からの受注減少を受けメーカーが生産を抑制したほか、経済情勢の不透明感も影響した。
 パーム油は前年同月比16.12%減少した。粗パーム油や精製パーム油が落ち込み、猛暑でパーム椰子の出荷量が減少したことが響いた。化学肥料・窒素化合物は前年同月比27.98%減少した。中東紛争の影響による生産原料不足を受け、メーカーが生産を抑制した。

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