2026年6月8日(月)号

タイEUFTA、構造改革迫る転換点に=TDRI、競争力強化へ早期妥結を提言

 タイとEUが交渉を進める自由貿易協定(FTA)は、関税引き下げによる輸出拡大にとどまらず、タイ経済の競争力強化と構造改革を左右する重要な転換点となる可能性を持つ。地政学リスクの高まりや世界貿易秩序の不確実性が増すなか、EUとのFTAはタイ企業に新たな市場機会をもたらす一方、政府調達制度や国営企業改革、環境基準への対応など幅広い課題への取り組みも求める。タイ開発研究所(TDRI)は6月4日に公表したレポートで、タイEUFTAがもたらす機会と課題を整理し、タイが交渉を進めるうえで重視すべき論点を考察している。
◆EUとのFTAが持つ戦略的意義
 米トランプ政権の通商政策を巡る不確実性は、現在の国際貿易がもはや従来のルールだけに依存できないことを明確に示している。米国の裁判所が世界各国への追加関税措置を無効と判断したとしても、米国政府は他の法的手段を利用して保護主義的な通商政策を継続することが可能だ。「リスク」が消えたわけではなく、その形を変えただけだ。
 同時に、自由貿易体制を支える重要な役割を担ってきた世界貿易機関(WTO)の影響力も低下し、十分な機能を果たせなくなりつつある。
 こうした不確実性の高まりを受け、多くの国はFTAを通じて貿易面での安全網構築を急いでいる。タイも例外ではなく、リスク分散と紛争地域への原材料依存低減を目指している。
 そのなかで、中国、米国、日本に次ぐタイ第4位の貿易相手であるEUは重要な選択肢となる。
 2025年のタイEU間貿易額は450億㌦を超えた。このうちタイの輸出額は260億㌦で、前年比9.27%増加した。一方、EUからの輸入額は180億㌦となり、前年比3.86%減少した。EUが大規模で潜在力の高い市場であることが分かる。未来開発研究所(IFD)の調査によると、双方が課している輸入関税を引き下げた場合、タイのGDPは年間1.28%押し上げられ、タイの対EU輸出は2.83%増加する可能性がある。
 タイとEUは長年にわたりFTA交渉を続けてきたが、過去には政治的要因によって中断した経緯がある。交渉再開後もなお、多くの論点で合意に至っていない。特に、タイがこれまで国際協定で受け入れたことのない新たな義務に関する問題については、機会とリスクの双方を慎重に比較検討する必要がある。
 TDRIのレポートは、タイEUFTAを関税引き下げによる利益だけでなく、国内改革を後押しする役割まで含めて多面的に考察している。そのうえで、短期的には調整が必要であっても、長期的な国家開発に資する条件については受け入れを検討し、社会的コストが過度に高い敏感な分野については適切な交渉を行ないながら、交渉の早期妥結を目指すべきだと提言している。
◆関税引き下げで競争力向上へ
 機会という観点から見ると、このFTAによる最も明確な利益は関税障壁の引き下げだ。タイ製品のEU市場における競争力向上が期待される。
 現在、タイはシンガポール、ベトナム、インドネシアなど、すでにEUとFTAを締結しているアセアン諸国と比べて競争上不利な立場に置かれている。タイがまだEUとのFTAを持たないため、タイ製品には最恵国待遇(MFN)に基づく通常の輸入関税が適用されている。一方、競合国はFTAによる関税優遇を受けており、多くの品目で関税率はほぼゼロとなっている。
 例えば、ベトナムはEUとのFTAに基づく関税優遇を受けている。タイの輸出コストは競合国よりも大幅に高くなっており、EU市場におけるタイの競争力を低下させる要因となっている。
◆政府調達改革を後押し
 関税面でのメリットに加え、タイEUFTAは国内制度の透明性向上や効率化、国際基準との整合性を高める重要な手段ともなり得る。その代表例が政府調達制度と国営企業のガバナンスだ。
 もっとも、この2分野はいずれもタイ側が懸念を抱いており、現在も交渉で結論に至っていない。しかし、いずれもタイが従来から改革の必要性を認識してきた課題でもある。そのため同レポートは、これらを交渉上の障害と捉えるのではなく、FTAを構造改革の促進要因として活用し、企業が対応できるよう適切な移行措置の交渉に重点を置くべきだとした。
 EU側は、内国民待遇、無差別原則、透明性の原則に基づき、政府調達市場を平等に開放することを求めている。透明性への疑問がたびたび指摘されてきたタイの政府調達制度改革を後押しする要素となる。例えば、特定企業に有利となるような製品・サービス仕様の設定や、入札参加資格条件の設定といった問題がこれまで指摘されてきた。
 タイがEU提案に沿って制度を改善できれば、政府にとっても利益となる。より高品質な製品やサービスを適正価格で調達できるようになり、政府調達の効率性向上につながる。一方で、市場開放は一部業種や中小企業(SME)に影響を与える可能性もある。これらの企業は資金力や技術力の面で制約を抱えている。適切な調整措置の確保に重点を置いて交渉を進めるべきだと提言した。移行期間の設定、高額案件のみを対象とする最低契約金額基準の導入による国内企業向け市場の確保、国内原材料の利用や技術移転を促すオフセット措置などが考えられる。
◆国営企業改革も重要な論点
 EU側は、国営企業に対して「無差別」と「透明性」の原則に基づく運営を求めている。その中心となる考え方は、公共サービスとしての役割の範囲を明確に定義し、商業活動と公共サービス活動の会計を明確に分離することにある。一方、現在のタイの国営企業では、公共サービスと商業活動が体系的に分離されておらず、両者の境界が必ずしも明確ではない。
 こうした構造上の課題は、タイの国営企業が長年抱えてきた経営効率に関する問題とも一致している。その一因として、公共サービスの範囲を明確に定義する仕組みや、公共サービス活動と商業活動の費用や収益を区分管理する制度が十分に整備されていないことが挙げられる。この曖昧さは、透明性の低下につながるだけでなく、国営企業の実際の経営効率を正確に評価することを難しくしている。
 さらに、公共サービス向け予算が商業活動の補助に利用されるリスクも高めている。その結果、本来は市場競争に委ねられるべき事業分野において、国営企業が民間企業に対して不公正な競争上の優位性を持つ可能性がある。
 FTAに盛り込まれる規定は、タイの国営企業改革を後押しする重要な仕組みとなり得る。タイは公共サービスの範囲を明確に定義し、公共サービス活動と商業活動の会計を体系的に分離する仕組みを整備する必要が生じる。透明性と説明責任が向上し、活動間の相互補助のリスクが低下するほか、公正な競争環境の確保や国営企業の経営効率向上にもつながる。
 もっとも、このような制度改革には準備期間が必要となる。タイは、義務を全面的に履行する前に制度整備を進めるための移行期間を交渉で求めることが考えられる。実際、EUとベトナムのFTAでは、協定上の義務履行について一定の猶予期間を求めることが認められている。
◆医薬品と知的財産は慎重な交渉必要
 一方で、一部の提案については社会的コストが大きくなり過ぎる可能性があり、慎重な対応が求められる。その代表例が医薬品と知的財産権に関する問題だ。この分野は国民の医療費負担に直接影響するため、極めて敏感な論点となっている。
 EUは一般的に、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)を上回る知的財産保護水準、いわゆる「TRIPSプラス」の導入を求める傾向がある。仮にタイがこれを受け入れた場合、次のような重要な影響が生じる可能性がある。
 第1は、医薬品特許期間の延長。先発医薬品メーカーによる市場独占期間が長期化し、後発医薬品(ジェネリック医薬品)の市場参入が遅れる可能性がある。
 第2は、医薬品試験データの独占保護。この制度では、ジェネリック医薬品メーカーが先発医薬品企業の臨床試験データを利用して承認申請を行なうことができなくなる。
 こうした措置は、より低価格な代替医薬品へのアクセスを遅らせる可能性があり、長期的に医薬品価格を高止まりさせる要因となり得るが、タイにはなお交渉の余地が残されている。すでにEUとの交渉を妥結した国々をみると、インドネシアは特許期間延長に関する義務を回避し、医薬品試験データ保護期間についても自国で設定できる仕組みを確保している。インドはTRIPS協定の基準のみを維持する立場を貫いた結果、協定にはこれらの規定が盛り込まれなかった。
 こうした事例は、タイも慎重かつ綿密な交渉を行なえば、自国にとって重要な敏感分野を守る余地が残されていることを示している。タイ国民が将来にわたり手頃な価格で質の高い医薬品にアクセスできるようにするためにも、医薬品と知的財産権に関する交渉は慎重に進める必要がある。
◆環境規制への対応が新たな課題
 タイEUFTAは関税障壁の引き下げを通じてタイ製品のEU市場へのアクセス拡大につながるものの、実際にはタイ企業は新たな形の非関税障壁に直面している。その代表が、EUが導入を進める環境・持続可能性関連の規制だ。
 タイ企業がこれらの基準を満たせない場合、タイ製品のEU向け輸出コストは上昇する。その典型例が炭素国境調整措置(CBAM)だ。CBAMでは、生産過程で多くの温室効果ガスを排出する製品に対し追加的な負担が課される。その結果、タイ製品は価格競争力を失う可能性がある。
 EUが近年締結しているFTAの内容をみると、インドネシアとの交渉例にみられるように、労働者の権利保護も重要な条件として盛り込まれている。こうした義務を履行できない場合には、関税優遇措置の停止などの制裁措置を受けるリスクもある。
 タイ政府は企業がFTAの恩恵を十分に活用できるよう支援を強化するとともに、持続可能性関連基準への対応を円滑に進められる環境整備を行なう必要がある。
◆FTAを成長戦略につなげられるか
 政府が年内妥結を目標としているタイEUFTA交渉は、単なる市場拡大策や貿易協定ではない。タイに構造改革を迫る重要な契機でもあり、あらゆる分野に対応を迫る転換点でもある。レポートは、世界の貿易秩序が地政学的対立や経済圏の分断によって大きく揺れ動くなかで、タイがより高度なルールに適応して競争力を高めるのか、それとも急速に変化する国際貿易の中で取り残されるのかが問われていると指摘した。

鉄筋の品質・安全管理強化へ=TISIが新措置導入

 工業製品規格事務局(TISI)は、工業規格(TIS)対象製品の管理体制を抜本的に見直すため、「規定・監督・取り締まり」を柱とする新たな措置を導入した。市場で流通する鉄筋コンクリート用棒鋼の品質と安全性の確保を徹底するとともに、高リスク製品の品質・安全検査基準を刷新し、消費者保護とタイ鉄鋼産業の競争力向上を目指す。
 エークニティ・ロムヤーノン事務局長[=写真]は6月4日の記者会見で、鉄鋼関連10団体が工業省に対し、品質の均一化と安全性向上を目的とした工業規格の厳格運用を求めていたことに言及した。業界団体側は、品質基準を満たさない鉄筋が流通した場合、建設インフラの構造安全性に深刻な影響を及ぼす可能性があると指摘している。


 こうした状況を受け、TISIは工業省工場局、タイ工業団地公社(IEAT)、各県工業事務所と連携し、全国の鉄筋製造工場に対する総点検を実施している。検査は年初から継続して行なわれており、法令違反が確認された3工場に対してはすでに操業停止命令を発した。また、関係法令に適合するよう改善命令も出している。
 TISIは今後、「規定・監督・取り締まり」の3本柱による積極的な管理体制を通じて、鉄鋼製品の品質管理を強化し、工業規格への適合を徹底していく方針を示した。
 「規定」では、鉄筋コンクリート用棒鋼の規格を引き上げる。鉄スクラップの選別基準を厳格化するほか、製造工程での溶鋼精錬炉の使用を義務付ける。さらに、金属組織検査の実施を求めるとともに、テンプコア方式による熱処理での強度向上を制限する。
 「監督」では、従来の年1回検査から、リスクに応じた監督制度(Risk-based Surveillance)へ移行する。高リスク工場に対する検査頻度を増やし、リスク水準や生産工程に応じた監督を行なう。また、販売店や建設現場に対する検査も関係機関と連携して拡大する。
 「取り締まり」では、規格不適合製品が見つかった場合、直ちに販売停止を命じる。あわせて製品回収を実施し、30日以内に差し押さえや廃棄処分を行なう。また、QRコード制度の運用を厳格化し、消費者や技術者が鉄筋の安全性情報を自ら確認できる体制を整備する。
 エークニティ事務局長はさらに、TISIが環境に配慮した先進技術の導入を通じて鉄鋼産業の高度化を進める方針を明らかにした。規格適合と品質の均一化を両立させることで、鉄鋼製品の信頼性向上を図るとしている。
 その一環として、TISIは「鉄鋼製造技術移行に向けた国家行動計画」を閣議に提出する準備を進めている。同計画は、タイ鉄鋼産業が抱える構造的課題の解決と産業高度化を目的とするもので、持続可能かつ高効率な生産技術への移行を後押しする内容となっている。原材料段階から低品質製品の生産を抑制し、消費者保護と公共の安全確保につなげるとともに、タイ鉄鋼産業の持続可能な発展基盤の強化につなげる方針だ。

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